文化祭の買い出しのじゃんけんで負けた。
 ただ女子1人に買い出しを任せる訳にもいかないので男子からも1人選抜を、と選ばれた相手は、我が学年の有名双子の1人宮侑だった。

「ほな行こか、名字さん」

 彼はあまり買い出しが面倒ではないらしい。比較的爽やかな笑みを見せて私の名前を呼んで、そうして街へ繰り出すことになった。

「名字さん、もしかしてやけど、俺のこと嫌い?」

 校舎を出て、すぐに宮侑くんは言った。

「えっ⋯⋯なんで?」

 そんなこと聞かれるとは思ってなかったし私はぎょっとした顔で聞き返す。背の高い彼を見上げようとしても、太陽が眩しくて見つめられない。宮侑くんは果たしてどんな顔でそれを聞いたのだろうか。

「やってさっき買い出し俺に決まったとき顔しかめとったやん」
「そう、かな?」
「こーんな顔しとったで」

 そういって宮侑くんは顔を私に近付けて"こーんな顔"を披露した。しかめっ面じゃん。

「⋯⋯私そんな顔してた?」
「しとった」
「別に宮くんが嫌とかじゃなくて、普通に暑いし、買い出し面倒だなって」
「そうなん? 名字さん話しかけても素っ気ないこと多いから嫌われとると思っとったわ」

 ジワリと暑さが身体を侵食するように、宮侑くんの言葉が私の身体の隅々に行き渡る。その時なぜ素直に言ってしまったのか、私は今でも分からない。

「⋯⋯嫌いじゃないけど、苦手、かも」

 彼は私の素直な告白に驚いた顔を見せたあと笑った。

「俺のこと苦手なん?」
「⋯⋯多分」
「多分なんかい」
「だって、宮くんて何考えてるかわかんないし」

 私たちの横を乗るべきバスが過ぎていって、走れば間に合うと言うのにどちらも走り出そうとはしなかった。

「俺が?」
「宮くんは喜怒哀楽を隠すのが上手そう。⋯⋯輪の中心にいるような人だから人懐っこくて感情豊かなんだろうけど、でも実は自分だけじゃなくて周りも含めて上手く客観視出来てるっていうか、繊細で、多分何かしらの確固たる信念があって、その為なら良い意味で冷酷になれる人なのかなって。だから、冷静な評価を下されそうで怖いのかな宮くんのこと」

 言い終えると宮侑くんはさっきよりもずっとずっと驚いた顔をしていて、ようやくそこで私は自分の口にした事がどれほど乱暴だったのか気がついた。

「ご、ごめんなさい! 今すごく失礼なこと言ったよね⋯⋯。本当にごめん。そうは言ったけど、それが逆に凄いとも思ってるし、だからあんまり真に受けないでほしいっていうか、完全に私の想像だから、気を悪くさせたよねごめん⋯⋯」

 間が痛い。これだけのことを言ったのだから宮侑くんが黙るのも無理ない。こんなことなら重くても1人で買い出しに行くほうが楽だ。今から引き返して違う子に変わってもらいたいと思っていた時、宮侑くんは言った。

「名字さん、もしかして俺のこと好き?」
「⋯⋯えっなんでそうなるの!?」
「やって俺のことめちゃめちゃ見とるやん。好きなやつやんそれ」
「ち、違う! いや、確かに対して話もしないクラスメイトがこんな分析みたいな話したら気持ち悪いかもだけど、好きだからとかじゃなくて! 見てないよ! だって私、侑くんと治くんが入れ替わっても絶対わかんないもん!」
「全力否定はさすがに傷付くねんけど」
「う⋯⋯ごめん。もう私口を開かないほうが良いかもしれない⋯⋯。息だけしてる」
「なんなんそれ」

 宮侑くんは吹き出して笑った。あ、この人こんな風に笑うんだ。私はその瞬間、その笑顔にちょっと見惚れてしまった。

「⋯⋯ごめんね、本当に貶すつもりは全然なくて。ただ、宮くんの笑った顔見てちょっと苦手はまあ、なくなったかも」
「こんなんで無くなるん? チョロいなぁ、名字さんは」
「無くなったって言うか、宮くんに信頼されてる友達とか仲間とか彼女とか家族とか、羨ましいなって思った。多分、そういう繋がりを凄く大切にしてくれるんだろうなって。⋯⋯ってごめん、また勝手に分析しちゃった」

 ちょっどまた次のバスがやって来て私は乗り込もうと足を踏み出した。瞬間、腕を掴まれる。一瞬誰だと思うけどこんなこと出来るくらい近くにいたのは宮侑くんしかいない。振り返って宮侑くんの顔を見て数秒。バスはまた無情に私達を置いて過ぎ去っていった。

「い、行っちゃったよバス」
「せやな」
「名字さんならわかるんやないかな」
「え?」
「俺と治が入れ替わっても」
「いや、いやいやそれは⋯⋯」

 宮侑くんは笑う。今度はちょっとよそ行きのような笑みで。その笑顔の下は何を考えているかやっぱりわからなくて、そう言うところだよ! と思ったけれど口には出さなかった。

「ほならもっと俺と仲良うなろ。そしたら見分けられるようなるで」

 私には分からない。宮侑くんの考えてること。前言撤回。やっぱり苦手かも。
 次のバスが来るまであと6分。宮侑くんは相変わらず楽しそうなままだ。

(18.06.15)