「好きです。俺と付き合うて下さい!」

 想いを告げる言葉を口にして、侑は右手を真っ直ぐに差し出し頭を垂れた。
 学校都合で部活が出来ない、平日の帰り道だった。委員会で学校に残らなくてはいけない治に別れを告げて侑と2人きりで帰路を歩くなんて多分、稲荷崎バレー部のマネージャーになって初めてのことだったと思う。

「だめ。8点。まじめか。面白味にかける」
「なんっでやねん!」

 けれどそれは、私への想いではない。
 告白の練習に付き合ってほしいと言った侑の申し出は、同時に私の失恋をもたらした。

「関西人としての誇りを感じられない」
「関西人が全員どんな時も笑いに走るわけあるかい。なんなら関東の人間にお笑い語られたないわ」
「関東のお笑いなめんな。ハンバーガーマンも横浜04もアップルマンも関西人じゃないからね」
「ハンバーガーマンは東北やけどな」
「⋯⋯そうだったわ」

 冬の冷たい風が吹いてマフラーを忘れた今朝の自分を恨んだ。

「実直で心のこもった告白やと思わん?」
「んー⋯⋯」

 そうだね。と言葉に出来ないのは、認めてしまえばその言葉が違う女の子の為のものになるから。

「まあ、良いんじゃない。多分」
「多分てなんやねん」

 侑と知り合って2年にも満たないけれど、それでも私はこの人に恋をした。胸を焦がすような、苦しくて泣いてしまうようなそんな情熱的なものではなかったと思う。しとしと降る雨みたいな、しんしん積もる雪のようなそんな静かな恋だった。
 教室の喧騒の真ん中にいる瞬間も、体育館で飛び交うバレーボールの中にいる瞬間も私は侑の姿を捉えていた。そうして積み上がったものが恋だった。

「そもそも侑に告白されたら7割の女の子は喜んで受け入れると思うよ」
「3割は断るんかい」
「それは好みとかあるし。イケメン苦手な子もいるでしょ」

 私の言葉に侑は難しい顔をする。私よりもずっと背が高くて、コートを着てマフラーを巻いているとあんまり顔はしっかり見えないんだけど、あからさまに眉間にシワが寄っていた。

「いや7割はいけるし良いじゃん」
「7割いける言われていけんかったら赤っ恥やろ」
「大丈夫大丈夫」

 侑は誰が好きなんだろう。学年で1番可愛いって言われてるあの子だろうか。それともスポーティーで男女問わず仲の良いあの子か。はたまた頭脳明晰で成績上位のあの子かもしれない。
 大丈夫だよ。侑に好かれて嫌な気持ちになる人なんて多分いない。私は意地悪だから、そこまでは言ってあげないけれど。

「せやったら、名前はどう思う?」
「どうって?」
「俺に今のセリフ言われたら」

 そんなもしもの話しないでよ。侑の瞳はいま私を映しているのに、その背後には違う誰かを想っているなんてそんなの羨ましい以外にない。私には言わないのに、そんなもしもはやってこないのに、そんなの考えるだけ悲しくなるだけだ。

「⋯⋯わかんない」
「は」
「だって、私に向けられた言葉じゃないし」
「⋯⋯7割はいける言うたやん」
「じゃあ私は3割のほうだ」

 しとしとと降る雨も、しんしんと積もる雪も多ければ崩壊する。私の器は多分もうそろそろ満杯を向かえる。そうすればもうこれ以上好きと思うこともないだろう。早くその瞬間が来てしまえ。早く好きの上限に到達してしまえ。

「イケメンは嫌いか」
「別に普通。中身も大事だけど」
「せやったら好みやないとか」
「⋯⋯だからそれは私に向けられた言葉じゃないし。もしもなんてわかんないよ。そのときになって言葉以外のものが伝えるものもあるじゃん。それは侑に好かれた女の子にしかわからないよ」

 立ち止まったのは侑だった。振り向いてその顔を見つめる。

「せやったら、名前に向けた言葉やったらええの?」
「え?」
「好きです」
「侑?」
「好きです。俺と付き合うて下さい」

 ほんのりと熱を帯びたような瞳が私をとらえている。世界から乖離した私のえりあしをまた冷たい風が吹き抜けて、冷静を取り戻した。言葉以外のものが私に何かを伝える。
 なのに、私は肝心の言葉が出てこない。

「⋯⋯名前に向けて言うたんやけど」
「⋯⋯本気?」
「当たり前や」

 私は学年1可愛くもスポーティーでも頭脳明晰でもないただのマネージャーだけど。ああやばい泣きそうと、顔を隠すためのマフラーを忘れたことを私はまた後悔した。

「そんで、どう思う? 俺に好かれた女の子の気持ち、教えて欲しいんやけど」

 好きの上限は果たしてあったのだろうか。積もり積もったものがそこで終わるのではなく溢れ出てしまう。

「⋯⋯実直で、心のこもった告白だと思う」
「せやろ?」

 少しホッとした顔をした侑はそれでも得意気に笑った。近付く侑が自分のマフラーを外して私の首に巻きなおす。

「寒そうやから俺の貸したるわ。俺、彼女には優しいねん」

 穏やかな声に優しい表情。ふわりと香った侑の匂い。その一瞬、マフラーを忘れて良かったとさえ思ってしまった。
 2人分の白い息が空高く消えていく。

(20.10.17)