「俺と付き合うてくれへん?」

 突然の告白に私は自分の耳を疑った。

「え⋯⋯ごめん、今⋯⋯え?」

 呼び止められた玄関には私達以外誰も居なくて、北くんは明らかに今から部活に行こうとしているだろうに急いでいる様子を見せなかった。

「せやから、俺と付き合うてほしいねん」
「それって、ええっと、告白的なやつ?」
「的なやつゆうか告白やなあ完全に」

 言った本人は緊張はしていないらしい。逆に現状を理解した私は今にもぶっ倒れてしまいそうだ。っていうか、どうして北くんが私に? 同じクラスっていうだけで私達、それほど接点はなかったよね?

「えっと⋯⋯」
「名字さんが嫌ならちゃんと断ってな。無理せんでええよ」

 北くんの私を見つめる視線に耐えながら考える。嫌か嫌じゃないかなら嫌じゃない。私の恋愛対象に入らないわけではない。上から目線でごめんだけど。
 付き合っている人もいないし、私だって彼氏欲しくないわけじゃないし。そう思ったらこの告白を断るのは勿体ないような気がして、こんな動機で応えるのは北くんに申し訳ないとは思ったけれど私は首を上下に動かした。

「わ、私でよければ⋯⋯」


◇    ◆    ◇


 それが今から約3ヶ月前くらいの出来事。

「別れへん? 俺ら」

 突然の言葉に私はまた自分の耳を疑った。

「え⋯⋯ごめん、今⋯⋯え?」
「せやから、別れたほうがええんちゃうかなって、俺ら」

 いつかの日を模範するように私は驚いて、そして北くんは平然と言ってのけた。あの時と違うのはここが誰もいない学校の玄関じゃなくて、私の家の近くの公園であるという事くらいだろうか。

「これって、あれだよね、その、別れ話ってやつだよね?」
「せやなあ」

 北くんは相変わらず動揺なんてしていなくて、私は気付かれないように唇を噛みしめながら握り拳を作って、少し小さな声で呟くように言った。

「どうして⋯⋯」

 それでも、誰もいない公園では十分だったらしい。私の言葉を聞いた北くんは少し間を置いてから答えた。
 私は気付かないうちに何か北くんの気に障るような事をしてしまったのだろうか。何か幻滅するような事をしてしまったのだろうか。迷惑をかけてしまったのだろうか。

「名前、俺のこと好きやないやろ」
「⋯⋯え?」

 その言葉に驚いて北くんのほうを見る。彼はこんな話をしていると言うのに柔らかい表情で私のことを見ていた。

「俺と居るときあんまり楽しそうやないやん。いつまでも名前で呼んでくれへんし。ワガママだって言わへん。それに、この前キスしようとしたら避けたやろ? 考えてみたら好きって言われたこともないしな。やから無理させてるんやなって。それならもう別れるしかないな思て」
「そ、それは」
「ごめんな、無理して付き合うてもろて」

 思い当たる節がないわけではない。確かに、思い返してみるとそう捉えられても仕方ないと思う。だけど違うの。それは北くんが嫌いだからしていたわけではなくて、ましてや無理して付き合っていたわけでもなくて。
 途切れてしまいそうになる糸を必死に結び直そうと、私は慌てて北くんの名前を呼んだ。

「⋯⋯し、信介くん!」

 突然の事だからなのか、それとも私が少しばかり大きな声を出してしまったからなのか。どちらが理由なのかは分からないけれど北くんは驚いた顔をした。

「無理せんでええって――」
「違うの、聞いて」

 確かに好きだからっていう理由で付き合ったわけじゃない。もっと楽観的で自己的でどうしようもないような理由で北くんからの告白を受け入れたけれど、でも今は違うの。好きになっちゃったの。ちゃんと、北くんのことを。

「一緒にいて楽しそうに見えなかったのは、北くんのこと好きだなって思ったら急に緊張しちゃって意識しすぎちゃってるからなの。いつまでも名前呼べないのも恥ずかしいから。ワガママ言わないのも、言って嫌われたり幻滅されるのが嫌だから。⋯⋯この前のキスは突然で心の準備が出来てなくて驚いて逃げ腰にになったからで⋯⋯。だから私は北くんのことが好きで、ちゃんと伝えなかった私が良い悪いんだけど、付き合うことに無理なんてしてないから、別れるの嫌だよ。北くんが私のこと好きでいてくれるならまだ私の彼氏でいてほしいよ」

 羞恥心も混ざるなか、どこか懇願するような気持ちで伝える。私の言葉がおわっても返ってこない言葉に少し泣きそうになる。もうだめなのかなぁ。素直になるのが遅すぎたのかなぁ。
 いよいよ本当に泣いてしまいそうになったとき、ようやく北くんが口を開いた。

「⋯⋯それ、ほんまに?」
「え⋯⋯」
「今言うた事、ほんま?」
「う、うん」
「あかん⋯⋯。めっちゃ嬉しいねんけど」

 北くんは片手で顔を覆いながら深いため息を吐いた。

「絶対嫌われとると思っとった」
「そ、そんなことない! 好き、だよ。好き⋯⋯とっても好き」

 とにかく恥ずかしいんだけど、今素直にならないでいつ素直になるんだよっていう問題なのは分かっていた。だからお願い、別れ話を撤回してと願う私を、北くんは優しく抱き締めた。

「えっ⋯⋯」
「俺も好きや」
「ほ、本当に? 無理してない?」
「してへんよ」
「よ、良かったあ⋯⋯」

 抱き締められた身体が離される。眼前に北くんの顔があるのはやっぱり恥ずかしい。

「なぁ⋯⋯キスしてもええ?」
「⋯⋯うん」

 吐息がかかりそうな距離で言われる。夜の帳が降りた頃、誰もいない公園で二人の唇が触れ合った。
 私たちの始まりは、ここなのかもしれない。

(18.06.15)