白布家が総動員するのはなにもお盆だけではない。日本では年末年始に家族で集まるという風習があるのだ。そして今冬もまた例に漏れずその季節がやってくる。氷点下を下回るか下回らないかの瀬戸際、降り続く雪は止むことを知らない。師走の終わる31日、おじいちゃんとおばあちゃんの家はアイスを食べたくなるくらい暖房が効いていた。
「色気の欠片もねぇな」
賢二郎は呆れるような瞳と声でそう言った。真夏の時と同じように肩には大きなバッグがかけられていて、温かそうなコートの下には部活のジャージが見える。大晦日の夜まで部活とか強豪凄すぎでしょ、と心の中で思いながら私はこたつに入ったまま積み上げられたみかんを手に取った。
「おかえり賢二郎」
「もっとあんだろ、女子が好きそうなモコモコしたやつ」
おばあちゃんが渡してくれた赤い袢纏を羽織った私と、目の前に積み上がった蜜柑の皮を交互に見ながら賢二郎は「しかもどんだけ食うんだよ」とやはり呆れた顔で言う。私のおかえりを無視して言う言葉が女子が好きそうなモコモコって。
高2の男子が考えることなんてちっともわからないなと思いながら、夏以来1度も合っていなかった賢二郎の髪が少し伸びていることに気が付く。そう言えばコイツ、前に合ったときはどんでもないことをしでかしたんだったと記憶を手繰り寄せて夏の一場面を思い出した。
「⋯⋯薄着よりは良いでしょ」
バッグとコートをきれいに置いてから対面する形でこたつに入ってきた賢二郎は、先ほど鞄から取り出していたバレー雑誌を捲り始める。
こちらを見る様子は一切ないけれど会話をするつもりはあるようで、テレビの音とページを捲る音に混ざるように賢二郎の声が届いた。
「皆は?」
「今年最後の買い物に行った。おばあちゃんとおじいちゃんは大掃除で疲れちゃったからってもう寝てる」
「それで名前は留守番?」
「そ。誰かいないと賢二郎困るでしょ」
「嘘だな。どうせあれだろ、白紅ジャニースが歌うところ見たかったんだろ」
「⋯⋯よくわかったね」
「毎年そのタイミングでチャンネル変えられたら覚えるっての」
賢二郎は何も変わらない。夏に溶けた時間は今でもダラダラとこぼれ続けているというのに、賢二郎は本当にこっちが困るくらいに何も変わっていなかった。なんか言ってよ。せめて夏のときはゴメンとか。じゃなければもっと他の言葉とか。
「今年も観ていいですかね」
「ダメっつっても観るだろ」
「観ちゃうねえ」
賢二郎は雑誌に集中したままだったから、あんまり話しかけるのも悪いかなと思い目線をテレビに戻す。そういえば皮を剥いている途中だったと置きっぱなしのみかんを手にした時だった。爪先に賢二郎の爪先が当たったのは。
トン、と軽くぶつかるような感じ。別に謝るまでもないか。こたつの中だし良くあることだし。と反応を示さずにテレビを見続ける。
(うーん⋯⋯?)
偶然は2度、3度と続いた。
明らかに意思をもった賢二郎の行為はそれだけでは終らなかったのだ。トン、トントン、トトン。異なるリズムで何度か、からかうような、面白がるような、私を試しているようなそんな意味を持った触れ方を賢二郎はしてきた。こたつの中で賢二郎の爪先が絶え間なく私に刺激を与える。
(なになになに。なんなのこれは)
みかんを食べることもすっかり忘れて賢二郎を見るけれど、相変わらず雑誌に目を向けたまま私を見ようとはしない。こたつの中では今も私の脚で遊ぶかのように触れるのに賢二郎はやはり何も変わらず、平然としたままだった。
言葉は何も生まれ落ちていないのに、何か深い意味だけが産声を上げたような。そういうのも、よくやるのって聞いたら賢二郎はまた「少しは自分で考えろ、バーカ」って言うのかな。そんな見えないところで手を繋ぐような事しないでよ。きっとまた私の思考だけが冬の寒さで鈍っている。
「⋯⋯あのさ」
「なんだよ」
「賢二郎さ」
「だからなんだよ」
「そういうのどこで学んでくるの?」
「は?」
「そういう、なんか、なんていうか、えっちな感じのやつ」
ようやくこちらを向いた賢二郎は私の言葉を鼻で笑って、そして得意気に言った。
「なに、ドキドキした?」
賢二郎の前髪がさらりと少しだけ横にずれて目元に落とす影の位置が変わる。は、なんなの。本当に男子高校生の考えてること全然わかんないんだけど。ドキドキしたって言ったら賢二郎はどうするつもりなんだろう。
「べ、別に」
「そうかよ」
「⋯⋯うそ。ちょっとした」
口許を隠すように頬杖をつく賢二郎の頬は少しだけ赤い気がした。何かを考えるにはこの部屋はやはり暖房が効きすぎているし賢二郎の熱を帯びたような瞳は私にはもて余してしまうくらい色気を携えていて、刻一刻と過ぎていく時間に深く考えるのは年を越してからにしようと思うしかなかった。
「⋯⋯あ、そ」
年を越えた先に変わり行く関係性を思い描いて眠る夜の夢は、これからの1年を左右するのだろうか。こたつの中でもう一度、賢二郎の爪先が私に触れた。ああそうか。溶けてしまったものはもう元には戻らないのだと理解しながら、また私の時間が溶けていくのをひしひと感じていた。
熱はいつもここに宿る。
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