「名前、彼氏おらんやん」
「改めて言葉にすんのやめて」
「俺と付き合わん?」
「⋯⋯は? いまなんて?」
大量の昼ご飯を食べた後に頬杖をつきながら言うセリフだっけそれ。
「いや、やから付き合おうや言うてんねんけど」
「いや、そうなんだけどさ」
「なんやねん。どっちやねん」
なんやねんはこっちのセリフなんだよ。と私は隣の席の治をまじまじと見つめた。正気か? と疑う気持ちを眼差しに込めれば、治は「見つめすぎや」と斜め上の返事をした。
「⋯⋯え、なに。治私のこと好きなの?」
「好きやなかったら言わんやろ」
そうだけどさ。そうなんだけどさ、突飛すぎて聞かずにはいられないでしょ、こんなの。
「いやあ〜⋯⋯え、本当に?」
「ほんまや」
「嘘とかじゃなく?」
「大真面目やな」
「冗談とか、からかってるとか」
「何回このやりとりやるつもりなん?」
「あと100回くらい⋯⋯?」
「多すぎやろ。日が暮れてまうわ」
仮にも告白をしたんだから、治はもっと恥ずかしがったり動揺したりするべきだと思う。なんでされた私だけがこんな驚いてるの。おかしいでしょ。
「治⋯⋯わかってる? 付き合うって手繋いだりちゅーしたりするんだよ? 友達じゃしないことをするんだよ?」
「お前は俺を小学生かなんかだと思っとんのか。そんなんわかっとるわ。いや今時の小学生はチューもセックスもわかっとるで」
「直接的すぎるんですけど!」
治は良い奴だし。話すの楽しいし。嫌いではないし。バレー巧いし。背高いし。イケメンだし。気にかけてくれるし。でも、だからって友達としか考えたことない相手にいきなり告白されてすぐに返事なんて出来るわけない。しかもお昼ごはん食べたあとの教室で。騒がしいから良いものの、誰か聞いてたらどうするつもりなんだろう。
「俺とハグしたりチューしたりセックスしたりするん、嫌なん?」
平然と聞いてくるけれど、そんなの想像したことないし嫌かどうかもわからないって。て言うか昼間の教室でセックスとか言うな。
「逆に聞くけど治は嫌じゃないの?」
「俺はしたい」
「うわ⋯⋯」
「は、なにドン引きしてんねん」
「いやするでしょ、普通」
「なんでや。素直に言うただけやん!」
言っている内容は本当に酷い。でも治は至って真面目だった。嘘とか思い付きとか冗談とかそういうのじゃなくて、多分本当に私の事か好きでその気持ちを言葉にしたのだ。治を見ればそうだってわかるけれど、それでも私にとっては急であることには変わらない。今まで友達としてしか見てなかった相手を急に彼氏として見ろなんて無理な話である。
「いや、無理」
「断るんにしてももっと優しい言い方ないんか?」
「だって雰囲気とかさ」
「体育館裏にでも呼び出せばええの?」
「それはコテコテすぎる」
そりゃあ、いつから好きになってくれてたのとか、どこを好きになったのとか知りたい気持ちもあったけど、それを聞くのもなんか恥ずかしいし。
「なあ、ホンマに俺じゃアカンの?」
教室の喧騒に隠すように珍しくか細い声で治はそう言った。
(……あれ?)
理由なんてわかんないけど、なんでこのタイミングなのかも理解出来ないけど、その声は私にだけ届くのだと思うと心臓がぎゅっと何かに優しく抱きしめられたような感覚がした。
「そ、それは……」
私今、それはそれで良いんじゃないかって思った。治は良い奴だし。話すの楽しいし。嫌いではないし。バレー巧いし。背高いし。イケメンだし。気にかけてくれるし。だから、友達から好きな人になったっておかしくないんじゃないかって。
言葉に詰まって、私は治の顔を見られなかった。いやでもだからって治と手を繋いだりキスをしたりそれ以上のことをしたりって、やっぱり恥ずかしすぎる。
「名前」
「な、なに」
「好きや」
「ここ教室だよ!?」
「誰も聞いとらんて」
本当、少しは動揺するべきだ。急に治がキラキラして見えるなんて、こんなの絶対変だよ。おかしいよ。ああもう、悔しいな。だってこんなのもうスタート地点に立ったも同然じゃん。
「……もうちょっと」
「ん?」
「もうちょっとだけ時間ちょうだい。そしたら多分、良い返事伝えられる気がするから」
治にだけ届くような小さな声で言う。言葉が届いたその瞬間、表情を明るくさせた治が私を見つめながら「せやったら楽しみに待っとくわ」と、それはやはり私にだけ届く言葉で言うのだった。
(20.12.1)