とうとう放課後になってしまった。結局、今日は光太郎に話しかけることも出来なかったなと、足取りは重くなる。
 私が向かうべきは正面玄関なのか、自習室なのか。先に帰るか光太郎の部活が終わるのを待つかの二択が目の前に迫るのを理解しながら、取るべき札がわからず気分はさらに沈んでゆく。

「木兎と喧嘩したんだって?」

 背後から私の肩をトンと叩き、そう言ったのは木葉だった。

「なんで知ってんの?」
「本人が言ってた。誕生日祝ってもらえないかもしんないって」
「あー……」

 部活に行く道すがら私の後ろ姿を見つけたのだろう。今ばかりは木葉になって、なんのしがらみもなく光太郎と話せれば良いのにと思ってしまう。

「祝ってやんねぇつもりなの?」
「や、そんなつもりはないけど……」

 けど、今更どう謝って良いかわかんないし、そこからどう切り出せば良いかもわかんないし。
 木葉の言うように光太郎が祝ってもらう事を待っているとするならば、とりあえず私はまだ愛想をつかされていないようだと安堵する。

「喧嘩の理由は?」
「……私がはまっているイケメン俳優を光太郎の前で褒めすぎて」
「ウケる」
「なんなら布教するつもりで語っちゃったもんだからさぁ」
「あーそれは嫉妬しそう」
「どんどんむくれた顔になってきちゃって、気づいた時には時すでに遅しって言うか」
「想像できるわ」

 だからまあ喧嘩というか私が一方的に悪いんだけど。さすがに愛想尽かされちゃったかなぁとか、許してもらえないかなぁとか悩んだせいで日が経っちゃって、終いにはこうして光太郎の誕生日という重要な日がやって来てしまったというわけだ。

「どうすんの? なんなら部活見学してく?」
「目立つじゃん。やだよ。てか監督もコーチも許可しないでしょ」
「木兎の調子が上がるなら許可されるかもじゃん?」

 そしてそんな状況を楽しんでいるのか、木葉はからかうような口調でそんな提案をしてくる。
 部活の見学はしないとしても、さすがにこのまま何も話さず帰宅して別れ話コースに突入するのは避けたいし、自習室で光太郎の部活が終わるのを待とう。

「あーーーーーッ!!」

 そう覚悟を決めた時だった。前方の曲がり角から光太郎が顔を出し、私たちを見たあとに大声で指を指したのは。

「木兎じゃん。つか声でっか」
「ちょちょちょちょ! 名前、何してんの?」
「え? あ、いや、木葉と話しを……」
「距離近すぎ! いくら木葉でも嫌なんだけど! えっ待ってもしかして名前もう俺のこと嫌になった!? 俺が名前の好きな俳優の話ちゃんと聞かなかったから? てか、だからって木葉は嫌だ!」

 勢いが、すごい。なんか思ってたのと違う。

「おたくの彼氏がすごい勢いでなんか言ってるんだけど」
「や、おたくのとこの主将でしょ」

 何を誤解しているのか、光太郎は私と木葉を見比べながらぷんすかと言葉を並べ立てる。

「あの、光太郎怒ってないの?」
「怒ってる! 木葉と2人で仲良さそうに話してることに!」
「そうじゃなくて、この前の件は?」
「それは悲しい!」

 はっきりと言われて、ようやく気づいた。私は光太郎を怒らせていたではなく悲しませていたのだと。

「……ごめんね。悲しませちゃったり、怒らせちゃったり。でも嫌いにならないでね。1番好きなのは光太郎だよ」

 感情を露わにする光太郎を前に、謝罪の言葉はするりと出てきた。

「………………あー! もー! 許す! 嫌いになるわけないじゃん! すき! 俺もちょー好き!」

 長い沈黙の後、光太郎はまた堰を切ったように言葉を紡いだ。良かった、いつもの木兎だ。
 隣に立つ木葉がそんな様子を見て「ちょろ」とこぼしたことを私だけはしっかりと聞いていた。

「先に部活行くから、木兎のことよろしく。遅れないように来させて」
「うん。木葉もありがと」
「んー」

 スタスタと去る木葉の背中を見送る。巻き込んでごめん。でも付き合ってくれて本当にありがとう。くだらない茶番だ、くらいは思ってそうだけど。

「部活、終わるの待ってるから一緒に帰ろ。あと遅くなったけど誕生日おめでと」

 光太郎が腕を広げる。あ、ギュってされる。人が少ないとはいえさすがに廊下だし……って考えるのは今日は野暮かと力強い抱擁を受け入れた。

(24.09.19)