20歳になって初めてお酒を口にしたとき、大人たちが言うほど美味しくない味に少し驚いた。小さい頃から憧れた飲み物の味はなるほど、これだったのかと妙に感動もした。
「ういー。名前ちゃん飲んでる?」
「あ、はい。えっと、それなりに」
サークルの飲み会はそこそこ楽しい。大体は終電に前に合うように2次会で帰ることが多いし、3次会まで行く子たちがちゃんと始発に乗っているのかどうか私は知らないけれど。
居酒屋の大部屋では、隣にいる人の声がようやく聞こえるかなという具合で騒がしさに満たされていた。
「いやいや俺は見てたよ〜全然飲んでないじゃん?」
私の隣に座っていた先輩がトイレに立った瞬間、そう声をかけてくれたのは4年生の先輩だ。先輩はビールを片手にいつもよりも近い距離で言葉を投げかける。
テーブルの上には空のジョッキがいくつか並べられていて、平皿に中途半端の状態で残ったままの唐揚げはすっかり冷え切っているようだった。
普段は陽気で面白いこの先輩も、どれくらお酒を飲んだのだろうか、陽気を超えて絡み酒へ足を突っ込んでいた。
「めちゃくちゃ飲んでます?」
「そそ。楽しいからさ〜飲み過ぎちゃうよね」
ぐっと、強引に肩が抱かれた。一瞬不快感を覚えたけれど、サークルの飲み会だし。と声をあげることはない。
「はい。じゃあ、もっと飲みましょ〜ね?」
そう、サークルの飲み会だし。白けさせてはいけないし。正直もうお酒を飲めるコンディションではなかったけれど、ニコニコと笑う先輩に私はノーを言えるわけもなかった。
「お、じゃあ俺間違ってウーロンハイ頼んじゃったから飲んでよ」
目の前の半分ほど減ったレモンサワーに手を伸ばしかけた私にそう声をかけたのは黒尾さんだった。
「まだまだ飲めるっしょ?」
「お、黒尾ナイスアシスト」
コトン、と音がして私の前になみなみと注がれたウーロンハイが置かれる。わかってる。腹を括るしかない。
「じゃあ……いただきます」
黒尾さんが置いたコップを手に持って、私はウーロンハイを一口、口に含んだ。味わうという感覚を取り残してただ飲むという事に集中している時、ふと気がついた。
(あれ、これ普通の烏龍茶?)
半分ほど飲んで一息ついてから、黒尾さんの顔をまじまじと見つめる。
「どーです? ウーロンハイのお味は」
「……美味しい、です」
「そ。よかった」
不敵な笑みを携えて、黒尾さんは私にそう問うた。ああ、そっか。黒尾さんはわざと烏龍茶を渡してくれた。もう一度コップを手にとって、今度はその苦さを味わうようにして残りを飲み干した。
「名前ちゃんいい飲みっぷりじゃん〜」
愉快そうに先輩は言う。
相当に酔っているのだろう、私の顔に唇を寄せてキスしようとするのを黒尾さんは寸前のところで止めた。
「お前、セクハラだからそれはだーめ。つーかアルハラでイエローカードな」
「まじか!」
黒尾さんはそう言って、さり気なく肩に回された腕も外してくれる。
ああ、だめ。これは。そう、私もお酒に酔っているから。かき回されたらふらふらしちゃう。
だから頬が火照るのは黒尾さんのせいじゃなくてお酒のせいなのだ。
「悪いな、酒抜けたら謝らせるわ」
「え、いいです、大丈夫です!」
「無理しないで断っていいから。断れない時はまあ、呼んで。助けてあげっから」
黒尾さんは2次会で帰るのかな。それとも3次会まで行くのかな。彼女っているんだっけ。追いコンっていつだったっけ。そんなことを考えながら、やっぱり今の私に必要なのは酔い覚ましの冷たい水だなと思うしかなかった。
(21.01.02)