※SSS


 深呼吸を繰り返した。
 侑が初カレってわけじゃないからこういう事、別に初めてじゃない。
 でもやっぱり緊張する。好きな人の裸体を見ること。見られること。これまでの関係から一歩踏み込んでより深く繋がること。何かを変えてしまうような目に見えないスイッチが多分あるんだと思う。

「電気、消して……」
「……嫌や」
「消して!」
「ええやん。見せてや」
「やだ」
「どうせ電気消したって慣れて見えるようになるて」
「デリカシー拾ってきて」

 攻防はベッドの上で、静かに始まった。互いに譲る気がない様子は声色で分かる。

「ダメなん?」
「ダメ」
「絶対?」
「絶対」
「照明でも?」
「照明でも」

 窺うように、スキを狙うように、控えめに侑は尋ねる。
 それでもこればかりは気持ちの問題というか、それなりの覚悟が必要と言うか、ただでさえ緊張しているのに電気がついてるなんて私のキャパシティを超えるのは簡単に予想がついた。

「てか私が侑の身体見たくない」
「なんっでやねん! 見ろや!」

 私の言葉に我慢の尾が切れた侑は力を込めて私の肩に手をかける。ムードの崩壊を感じたけれど、これは、これだけは譲るわけにはいかなかった。

「無理だよ! だって絶対Tarzamに載ってるような感じの筋肉でしょ!? そんなのかっこよすぎて直視できないよ!」

 だから電気消して! と強く言えば侑は呆けた顔をして、一瞬満更でもないような様子を見せた。

「そ、いや、まあ、それはそうやけど、むっちゃええ筋肉しとるけど」
「だから、直視出来ないから電気はつけません」

 侑は真っ直ぐに私を見つめる。数秒の沈黙が流れて、折れたのは侑だった。

「ほな一旦今日のところは身を引くわ……電気は消したる」

 今日のところは? 気になるワードが耳に届いたけれど、それを指摘する前に電気が消されて暗闇が訪れる。え、早急すぎる! と抗議の声も出せなかったのはマシュマロみたいに柔らかいベッドに押し倒されたからだ。

「これで文句はなしやで」
「極端すぎるよ!」

 ゆっくりと暗順応していく瞳孔。暗がりの中、ぼんやりと見え始めた侑の顔はしたり顔で大胆不敵な笑みを見せていた。

(20.12.17)