光太郎の態度は明らかに先週までと違った。
 授業中やけにこちらのほうを見てくるし、何を問うわけでもなくその瞳はそらされないし。かと思えば時々絶対に私の顔を見るもんかとあからさまに顔をそむけたりする。新しい遊びか? とすら思えるような光太郎の態度に私もそろそろ嫌気がさしてきて、我慢もままならなくなった金曜日、私はとうとう光太郎の行く手を遮った。

「ちょっと。話あるんだけど」

 バレー部の活動が終わり、着替えも済ませたであろうタイミングを見計らって私はそう声をかけた。取り繕うこともなく不機嫌な声でそう言った私に、光太郎の隣に立っていた赤葦は酷く顔をしかめた。絶対めんどくさいことになるって思っている顔だ。
 
「あ、じゃあ俺、先に帰るんで」
「赤葦待ってくれ。頼む一緒にいてくれ!」
「嫌です」

 触らぬ神に祟りなしと言いたいのか、赤葦はその場を離れようとしたけれどそれを止めたのは光太郎だった。なに、私とふたりで話をするのはそんなに嫌なの? 私のこと嫌いなの? なんなの? とただでさえ不機嫌な気持ちがより一層深まり、沸々と怒りに似たものが込み上げてくる。
 わけもわからないまま急に態度を変えられて、友達どころか知り合い以下になりかけてるんじゃないかとすら思える。せめて私が何かしたのなら、言葉にしてほしい。

「大丈夫。とって食ったりしないから。ちょっと話するだけだから」
「いやめちゃめちゃとって食いそうな顔してんじゃん!」
「失礼だな」

 私の機嫌が悪いことに怯える光太郎はそのデカイ図体を赤葦の後ろに回り込んで隠そうとしている。だがしかし無駄だ。

「ほら、いいから。とにかく私と話をして」

 そういって、強引に光太郎の手を取った。

「ひぃ!」

 その光太郎の叫び声に驚いたのは、私と赤葦だった。素早い動きで私から離れていき、光太郎らしからぬ行動に私と赤葦は顔を見合わせる。

「お、おま、急に触るなよ! ビビるだろ」
「えっごめん。そんなに驚かれるとは思わなくて」
「そうですよ。さすがに驚きすぎですよ木兎さん」

 えっそんなに私嫌われてるの? と流石に悲しくなって、しゅんとわかりやすく項垂れた。私は気が付かないうちに光太郎にそこまで嫌われることをしてしまったんだ。全然思い当たる節はないけど、触られるのも嫌って思われるくらい嫌われているんだ。
 悲しい……いや……でも、だけど、ないからこそ言ってよ! 嫌なところがあるならこっちだって改善するし! 自分でも制御できない感情の波は再び私に怒りをもたらす。やっぱりこれは聞くしかなと赤葦の隣で怯える光太郎を見上げた。

「私、なにかした? ここ数日あからさまに避けてるよね」
「……そうか? そうでもなくね」
「そうだよ。そうでもあるよ」
「木兎さん、なにかしたなら早く謝りましょう。あとさっさと解決して帰りましょう」

 私と赤葦に急かされるように言われ観念したのか、光太郎は細々と小さな声で言った。

「名前が」
「うん」
「急に可愛く見えるようになってビビってる」
「うん!?」
「そんで心臓がぎゅーってなってヤバイ」

 その言葉に私と赤葦はもう一度顔を見合わせた。予想すらしていなかった言葉。次の言葉を見つけることの出来ない私にかわって訊ねてくれたのは赤葦だった。

「木兎さん、名字さんのことが好きなんですか?」
「……スキ?」
「恋ですよ、恋」
「……コイ?」

 直球的な赤葦の言葉に照れるのは私だった。いやそんな。まさか。いやいや。怒って、落ち込んで、また怒って、その次にくる感情が羞恥なんて、誰が想像できようか。

「俺は、名前に恋をしている……?」
「可愛く見えるんですよね? 心臓、痛いんですよね?」
「あ、あか、赤葦……私もう恥ずかしい……」
「それは恋です。いいですか、恋です。木兎さんは名字さんのことがひとりの女性として好きなんです」

 いや、暗示か。そう言いたくなるくらい赤葦は光太郎に言い聞かせていて、そして光太郎も赤葦の言葉に、徐々にいつもの様子を取り戻していた。

「好き……なんかすげーそんな気がしてきた! 好きだわ、俺!」
「声が大きいね!?」
「ハァ〜納得! あかーしスゲーな!」
「凄いのは木兎さんです。さ、問題も解決したし帰りましょう」
「全然解決してないよ……?」

 だめだ、もう私の手にはおえない。脱力しかけた私に光太郎が声をかける。

「つーわけだから、友達じゃなくて彼女になって!」

 友達でも彼女でも、私はきっとこの人に振り回される運命なんだろうなとそれだけは確信を持てた。

(21.01.04)