「バレー選手の影山選手って知ってる!? 私、昨日テレビで試合見て好きになったんだよね〜」
昼休みに同僚の女の子にそう言われ、危うくきつねうどんを噛まずに飲み込みそうになった。慌てて水を飲んで呼吸を整えてから、私も同じ試合をテレビで観たことを思い出しながら答える。
「……知ってる」
なんなら幼馴染。そう言ったら多分、彼女はめちゃくちゃ驚くんだろう。その顔を予想しながら、私は遠い地に暮らす幼馴染に思いを馳せた。高校を卒業してからはめっきり連絡もとらなくなって、久しぶりに美羽ちゃんと電話で話した時にイタリア行くらしいと聞いたときは驚いたけれど、納得もした。飛雄らしい。私が真っ先に思ったことはそれだったのだ。
「しかもかっこいいし。あ〜あんな人が会社にいたら届かない場所の荷物取ってもらったりするんだけどなぁ」
まあ飛雄ならお願いしたらあっさり取ってくれるんだろう。それもまた私には容易に想像がついて、もう長らく会っていないはずなのに、ちゃんと変わらない飛雄を自分の中で思い浮かべる事が出来るのが少し、癪でもあった。
飛雄は私のことを今でもちゃんと覚えてくれているだろうか。私はあの夏、二人でした線香花火を今でも覚えているよ。小さく眩しい光。落ちて、消えていく儚さ。すぐ近くにいた飛雄の表情。夏の終わりの、優しい気温。あれは私の儚い思い出だ。
「影山選手、宮城出身だよ」
「えっまじ?」
「まじ」
「駅でばったり会わないかなぁ」
「無理でしょ。普段は宮城に居るわけじゃないしさ」
「そっか。残念」
「飛雄くん、今家にいるらしいから久しぶりに会いに行ってきたら?」
「え?」
「帰省だって。明後日? こっちで試合あるからって」
その報告が飛んできたのは、週末実家にご飯を食べに帰った時の事だった。
(帰ってきてるのか……)
今までもたまに、こういうことはあった。私が実家に行くタイミングで飛雄が帰省している。その度にお母さんに同じ事を言われていたけれど、どうしても足は向かわなくて、近くにいるのにいつまでも遠い距離をずっと保っていた。
きっと、同僚から飛雄の話を振られなければ今日もその遠い距離は保たれたままだったんだと思う。近々イタリアに行くのならその前に、と私の足は数年ぶりに影山家の飛雄の部屋に向かった。
「飛雄」
おばさんに挨拶をした後、自室にいる飛雄に声をかければ数年ぶりの飛雄がその瞳に私をとらえる。驚愕の顔。そりゃあそうだよね。何年ぶりかの再会なわけだし。
「長いこと会わない間に随分遠いところまで行こうとしてるんだって?」
と、同時に高校の時にほんの少しだけ付き合っていた及川のことも思い出した。あの人だっていまアルゼンチンにいるみたいだし、スポーツ選手は国境を簡単に越えていってしまうんだとその存在はより一層遠く感じる。
今なら私「頑張ってね」くらい言える気がしたんだけどな。
「……ノックくらい、しろ」
少し不満げな顔はかつてと変わらない。幼い頃の面影を重ねて私はやっぱり少しだけ、寂しいなと思った。
「ごめんごめん」
迷って、ドアの隣の壁に体重を預けた。
「めずらしいな、来るの」
「飛雄が帰ってきてるって聞いて。私もちょうど実家に寄ってたから久しぶりにちゃんと話しておこうかなって」
何も変わらない部屋の中。変わったのは私と飛雄で、これから変わり続けるのも私と飛雄。
私は飛雄の何になりたかったんだろうか。かつて及川に「名前は飛雄ちゃんのこと、大切なんだよ」と言われたことを思い出す。それを理由に別れたことも同時に思い出して、苦い気持ちになる。私は及川を大切にすることも、飛雄を大切にすることも出来なかった。
「あのさ、飛雄」
試合見てるよ、応援してるよ、頑張ってよ。そう言ったら飛雄は私の名前を呼んでくれるだろうか。戻らない日々を、ちょっとだけ大切にしてくれるだろうか。
「なんだよ」
これからも私達はお互い別の道を歩んでいくのだ。
「これからも頑張ってね。応援してる、きっと、ずっと」
「名前」
ドアノブに手をかけ部屋を出ていこうとした瞬間、飛雄が少し低くなった声で私の名前を呼んだ。余韻だけを私の耳に残して、声はすぐに消えていく。
「ありがとな」
その音を私はきっと、ずっと、忘れない。
(21.01.16 / 60万打企画リクエスト)