家が隣同士の幼なじみだった。私と飛雄の年齢は2つ離れていたけれどお互いそんなのは気にしたことはなくて、異性でも、学年が違っても私たちは仲良しだった。と、思う。
飛雄がバレーに専念するようになって、烏野高校に行ってからは関わりも徐々に薄くなっていったけれど、多分溝はきっともっと前からゆっくりと出来上がっていた。
高校3年生になった私は自分の将来を真面目に考えるようになって、大学に進学したら実家から出ていくつもりだったし、ますます飛雄にも気軽に会えなくなる。わかっていても、一度出来上がった溝が埋まることはない。
寂しさが増す季節。夏の終わりコンビニに売れ残った線香花火。衝動のまま購入した私が声をかけたのは飛雄だった。
おばさんに挨拶をしてから飛雄の部屋に入り、いつものようにバレーの雑誌を読んでいる飛雄の背中に声をかける。
「花火しよう」
飛雄は驚いた後、訝しげな顔をした。
「⋯⋯わかった」
だけど断ることはしないから、飛雄はやはり優しい。私の言葉にならない気持ちを飛雄が知ることは多分、ないだろう。焦燥感や喪失感だけを置いてけぼりに大人になりたい私は、多分、もう飛雄とは相容れない。
「はい」
「ん」
風のない夜の庭。ポケットから持ってきていたライターを取り出して線香花火に火を着ける。バチリ。火花の飛び散る音は夏の終わりに相応しいと思える。
夜の音。帳が降りきった空は星が輝いていて、その下で私と飛雄は線香花火をしている。自分で作り上げたはずのその事実がなんだか急におかしくなって笑ってしまう。
「なに笑ってんだ」
「飛雄とこうやってゆっくりするの久しぶりだなぁって」
ぽとり。私の線香花火だけが地面へと落ちていく。
「落ちたな」
「落ちたね。あと私今年受験生だから落ちるとか言っちゃダメだよ」
「⋯⋯早かったな」
「言い直しありがとう」
飛雄の持っていた線香花火もゆっくりと萎んでいく。最後まで持ちこたえた線香花火。願いが叶うなら、何を願えばいいだろう。
「⋯⋯なぁ」
もう一度線香花火に火をつけてチリチリと花火が声をあげる中、飛雄が話しかけた。なに、と短い返事しか出来なかった。多分それが、私の精一杯だった。
「及川さんと付き合ったって本当なのか?」
ポタリ。私の線香花火だけがまた地面に落ちる。私はため息をついて新しい線香花火に手を伸ばしながら飛雄に言う。
「本当だよ」
「及川さんのこと好きだったのか?」
線香花火に火を着けて、私は飛雄の質問に答える。
「別に」
チリチリ。チリチリ。私の線香花火の光が生まれる。じっとそれを見つめる。チリチリ。チリチリ。小さく生まれた光は私が集中したことで、歪な丸い光になった。じわり、じわり。爆発しますよ、とその色は語りかけてくるようだった。
「別にってなんだよ」
最後まで線香花火を見届けた飛雄が新しいそれに手を伸ばす。
「特別好きだったわけではないってこと」
そう言うと飛雄は眉を潜めた。
私の線香花火があともう少しというところで地面に落ちる。どうして私は最後まで持ちこたえることが出来ないんだろう。あと少しが、叶わないんだろう。
「名前は好きでもないやつと付き合うのか」
「嫌いでもなかったから。いいかなって」
花火の光に照らされる飛雄を見つめる。口を尖らせて納得のいかない顔をしている。飛雄らしい顔だ。昔から納得がいかないことがあると飛雄はいつもこんな顔をしていたっけ。小さいころは私がそれを宥めることもあったけど、最後にそうしたのはいつだったけかなぁと思い出を巡らす。
「名前はそれでいいのか」
飛雄はじっと自分の線香花火を見つめる。私の線香花火がまた落ちる。そんな飛雄を見つめながら私は考える。それで、いいのだ。そう言い聞かせるように。
「及川は優しいし、別にいいかなって」
「優しい奴なら他にもいるだろ」
飛雄がこちらに視線を向ける。火花の向こう。揺れる飛雄の顔。風のない初夏。離れていく私たち。いろんな想いと感情が混ざりあって、心が揺れた。咎めるような飛雄の視線に耐えることが出来なかった。逃げるように線香花火に手を伸ばしたけれどもう中身はからっぽだった。結局、最後まで持ちこたえることが出来ないまま。
「⋯⋯そうかもしれないね」
飛雄の持っていた線香花火も消えて、光が消えた。
「名前がいいなら、俺はいいけど⋯⋯」
言葉とは裏腹に飛雄は納得していない様子だ。私が及川を選んだことに納得がいかないのか、私が誰かと付き合ったことに納得がいかないのか、私が好きでもない人と付き合ったことに納得がいかないのか。それを飛雄問うことはない。
飛雄の頭上で輝いていた星に目を向ける。美しい。泣きそうなほどに。きっと私が飛雄とこんな風に花火をすることはもうないだろう。こんな季節はもう来ないだろう。私は飛雄の側を離れる。飛雄もまた私の側を離れていく。そうやって私たちはお互いの道を歩く。
「付き合ってくれてありがとう」
笑みを張り付けた私に、悲しそうな顔をした飛雄のそれは見なかったことにした。
(15.07.24)