出した瞬間やっぱりグーにすれば良かったと思っても後の祭りだ。勝負の決着は一瞬でついた。

「ハイ、じゃあ飲み物の買い出しは研磨と名前でよろしくね」

 黒尾先輩の声に研磨はあからさまに顔をしかめる。多分、研磨もグーを出しておけば良かったと思っているだろう。
 研磨が購入した家の庭にそびえ立つ一本の桜の木はちょうど満開を迎えた。散る前に花見でもしておこうと黒尾先輩から連絡が来たのは昨日の事だった。突然の誘いだったけれど集まったメンバーはいつも通りの顔ぶれで、突然の誘いだろうがなんだろうが結局、皆集まってしまうのだ。ここに。

「俺ビール」
「炭酸も」
「お茶」
「つまみもうねえぞ」

 買い出し係が決まった瞬間、その勝負の解放感からか容赦なく各自の希望の品が飛び交った。誰が何を所望したのか理解できないまま、研磨はより一層うんざりとするだけだ。わかる。帰りの荷物の重さを想像したら私だってそんな顔をしたくなる。

「いっぺんに言われてもわかんないからメッセージ送って」

 それでも勝負で決めたことは覆らない。致し方なく腹をくくった研磨は「行こ」と短く私を見ながら言った。春先の柔らかく穏やかな気温。少しの風に揺れた桜の木ははらりと花びらを落とす。

「1番重たいもの持てない人選じゃん、こんなの」
「私、多分研磨より力持ちだよ」
「えー……多分それはない」
「じゃあ戻ったら腕相撲する?」
「しない。めんどくさい」

 悩む余地もなく断られてしまった。マスクの中で研磨があくびをしたのがわかって、つられて私も同じ動作を繰り返す。流れる時間はひどく穏やかだ。

「私、高級アイス食べたい。買い出し特権として」
「いいんじゃない? 多分バレないよ」
「研磨も一緒に食べようよ。共犯者になろう」
「いいけど」
「いいの? やったー!」

 近くのコンビニまでたどり着いて、アプリのメッセージに羅列された飲み物と食べ物を買う。買い出し特権のアイスも2人分カゴに入れて、会計を終えてカウンターに置かれた袋は見るからに重そうだった。

「明らかに人選ミスなんだから買う量は配慮してほしい……」

 げんなりとした研磨は、それでも2つある袋のうち、重たい方を自主的に持ってくれた。コンビニを出て駐車スペースの手前、研磨は袋からアイスを取り出す。

「戻る前に食べないと完全犯罪になんないからここで食べてこ」
「確かに」

 私の共犯者が笑う。
 重たい袋を地面に置いて、アイスを頬張った。甘く冷たい濃厚な味。中に入っているキャラメルソースが垂れる前にと口を大きく開ければ研磨と目が合う。何もこんなタイミングでこっち見なくていいじゃんと思ったけど、研磨が気にする様子はなかった。

「福永の料理出来たから早く帰ってこいだって」
「みんなさ〜、人使いが荒いよ」

 少し顔を寄せて研磨のスマホの画面を覗くと福永くんが作った料理が並んでいる。わかっていたけど美味しそうで、これは確かに早く帰りたくなると残り少ないアイスを口に運んで帰路についた。
 他の家の庭に咲いている桜の木を見上げながら、これから巡ってくる季節たちへ思いを馳せる。自分の家じゃないのに、いつのまにかこの道を歩くことにも慣れた。重ねてきた時間は気づかない間に私の世界を広げてくれる。

「夏になったら皆でバーベキューしたいね」
「まだ春になったばっかじゃん」
「そうだけど〜。でも次は買い出しジャンケン負けない」
「そういう事言ってると負けるよ」
「じゃあそのときはまた研磨、一緒によろしく」
「夏の買い出しなんてもっと嫌」
「また共犯者になろうよ」

 研磨の家の玄関が見えてくる。あと少しこの重たい荷物を持って歩けばゴールに辿り着く。きっと中ではもうお花見が始まっているだろう。少しだけ足取りが速くなったのはきっと春の風に背中を押されたから。
 春の宴が始まる。大好きな人たちと大好きな場所で。やっぱりあの時パーを出して正解だったかもと思ったのは私だけの秘密だ。

(21.04.15)