「来週の花火大会、一緒に行きたい」
叶わない願いだってわかっているけれど口にしてみた。菅原は驚いた顔を見せたあと、困ったように笑う。
「ごめん。その日、部活あるわ」
「みっちゃんもさっちーもなっぴもみんな彼氏と行くんだって! 浴衣着て!」
むしろこれは我儘だということを自分でもよくわかっていた。断られる前提で誘ったし、その理由が部活であることも想定済みだった。それでもいざ断りの言葉を言われると、何故か急に憤りがやってきたのだ。
自分だけが好きな人と花火大会へ行けないこととか、その日だけじゃなくて毎日部活があることとか、分かりきっていることに今更悲しさと怒りを覚えてしまった。
「本当にごめんな。他で埋め合わせするから! 違う日にどっかで花火大会なかったっけ? 夏休み入ったらさ、少し遠出して――」
「夏休みも部活でしょ? 合宿で東京でしょ? いいよ、もう。言ってみただけだから。ゆんちゃんが皆で花火大会行くって言ってたからそれに参加させてもらう!」
こんな事、言うつもりなかったのに。私、最低だ。
菅原は一瞬だけ躊躇いの表情を見せ、溜息を吐き出す。
「今の俺に言う資格ないから止めないけど、彼氏として心配だからなんかあったらすぐ連絡すること。いいな?」
そんな風に言うなんて狡い。
だけど今更後には戻れなくて最低な態度が続いてしまう。本当は花火大会じゃなくてもいい。少し会えるだけでもいい。電車に乗って街に行くだけでも良い。こんなんじゃ菅原に嫌われてしまうかもしれない。
そう思うのに、本音は何一つ言葉にできないまま。
「⋯⋯わかった」
こんな自分が嫌いだ。本当は素直で優しくて可愛くいたいのに。こんなんじゃいつか清水さんに菅原をとられちゃうかもしれない。
そんな事を考えてしまう自分が、本当に、本当に嫌いだ。
▽
▽
▽
そうして迎えた当日、新しい浴衣を着てゆんちゃんが連れてきた他クラスの男の子の隣で私は花火を見上げた。
「綺麗だね」
誰かが言った。
夏の空に打ちあがる花火が、蓋をして見ないようにしていた私の気持ちを照らす。
私は、菅原と見たかった。誰でもいいわけじゃない。花火を見られれば良いわけじゃない。菅原に、ここに居てほしかったのだ。そう心が訴えかけてくる度、泣きそうになる。
「そろそろ帰るよね? 名字さん、家まで送るよ」
「あ……私は1人で大丈夫だから」
「けどほら。他の奴もなんかいい感じにペアになってるし、ね?」
帰り際、私の隣で花火を見ていた男の子が言う。
他がペアになったからって私たちも同じことをしなくていいのに。そう思うけど私がそう言ったらこの人の立場がないかもしれない。迷った挙句、菅原には今から帰るという連絡をして彼と肩を並べる事を選んだ。
ここにはいない菅原へ若干の罪悪感を覚えながらも、致し方ないと駅までの道を歩く。会いたい、菅原に。会えなくてもせめて声が聞きたい。だから早く家に帰りたい。
「あの、ここで良いです。あとはバスに乗って帰るんで」
「いいよ、気にしないで。家まで送るから」
そんな折だった。肩に優しく手が置かれたのは。
「俺が送るんで大丈夫です。ここまでありがとうございました」
耳に届く声。
隣に立つ菅原に安心感を覚えながら、想定していなかった現状に驚きの声をあげる。
「え、な、なん……部活は?」
「湯野さんが連絡くれた」
ゆんちゃんだ。
私と菅原の様子に何かを察したのか、ここまで送ってきてくれた彼は「じゃあ……」と少し腑に落ちない様子で身を引いた。彼氏がいるなら先に言えよ、とでも思ったのかもしれない。
「ごめん、遅くなって」
「え、いや、うん。って言うかゆんちゃんから連絡って」
「あー……名字のこと気に入った奴がいるみたいだから早めに迎えに来た方がいいって。で、部活終わった瞬間急いでここまで来た。まじ焦った」
「ご、ごめん」
「着いたら連絡しようと思ったけどその前に会えて良かった。……って、え、なんで泣きそうな顔してんの?」
だって嬉しくて。会いたかったから。声を聞きたかったから。
「⋯⋯嬉しくて。部活で疲れてるはずなのにすぐ来てくれたことも、心配してくれた事も」
散り際の花火みたいに細く紡いだ声が夜に溶ける。
「あのさ」
「……うん」
「今日、花火一緒に観られなくて本当にごめんな」
「ううん……菅原が部活頑張ってるの知ってるのにわがまま言った私が悪いよ。私の方こそ意地張ってごめんね」
何の躊躇いもなく言えた。本当の気持ちを。ずっと口にしたかった想いを。
そうして菅原が緩く笑うから、私はまたちょっと泣きたくなってしまった。
「でも俺だって名字と一緒に花火観たかったんだぞー。浴衣、すげぇ可愛いし。だから来年は一緒に行こうな」
1年後、高校を卒業した私たちはどこで何をしているのかまだ全然わからないけれど、当たり前に来年の話をしてくれる事が嬉しい。
「うん。約束ね」
指切りの代わりに手が繋がれる。体温が混ざり合う感覚が心地良い。少し先の未来に続く約束。来年も、その先も、この人の隣にいられますようにと夏の夜に願った。
(17.08.12 / 23.12.13)
叶わない願いだってわかっているけれど口にしてみた。菅原は驚いた顔を見せたあと、困ったように笑う。
「ごめん。その日、部活あるわ」
「みっちゃんもさっちーもなっぴもみんな彼氏と行くんだって! 浴衣着て!」
むしろこれは我儘だということを自分でもよくわかっていた。断られる前提で誘ったし、その理由が部活であることも想定済みだった。それでもいざ断りの言葉を言われると、何故か急に憤りがやってきたのだ。
自分だけが好きな人と花火大会へ行けないこととか、その日だけじゃなくて毎日部活があることとか、分かりきっていることに今更悲しさと怒りを覚えてしまった。
「本当にごめんな。他で埋め合わせするから! 違う日にどっかで花火大会なかったっけ? 夏休み入ったらさ、少し遠出して――」
「夏休みも部活でしょ? 合宿で東京でしょ? いいよ、もう。言ってみただけだから。ゆんちゃんが皆で花火大会行くって言ってたからそれに参加させてもらう!」
こんな事、言うつもりなかったのに。私、最低だ。
菅原は一瞬だけ躊躇いの表情を見せ、溜息を吐き出す。
「今の俺に言う資格ないから止めないけど、彼氏として心配だからなんかあったらすぐ連絡すること。いいな?」
そんな風に言うなんて狡い。
だけど今更後には戻れなくて最低な態度が続いてしまう。本当は花火大会じゃなくてもいい。少し会えるだけでもいい。電車に乗って街に行くだけでも良い。こんなんじゃ菅原に嫌われてしまうかもしれない。
そう思うのに、本音は何一つ言葉にできないまま。
「⋯⋯わかった」
こんな自分が嫌いだ。本当は素直で優しくて可愛くいたいのに。こんなんじゃいつか清水さんに菅原をとられちゃうかもしれない。
そんな事を考えてしまう自分が、本当に、本当に嫌いだ。
▽
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そうして迎えた当日、新しい浴衣を着てゆんちゃんが連れてきた他クラスの男の子の隣で私は花火を見上げた。
「綺麗だね」
誰かが言った。
夏の空に打ちあがる花火が、蓋をして見ないようにしていた私の気持ちを照らす。
私は、菅原と見たかった。誰でもいいわけじゃない。花火を見られれば良いわけじゃない。菅原に、ここに居てほしかったのだ。そう心が訴えかけてくる度、泣きそうになる。
「そろそろ帰るよね? 名字さん、家まで送るよ」
「あ……私は1人で大丈夫だから」
「けどほら。他の奴もなんかいい感じにペアになってるし、ね?」
帰り際、私の隣で花火を見ていた男の子が言う。
他がペアになったからって私たちも同じことをしなくていいのに。そう思うけど私がそう言ったらこの人の立場がないかもしれない。迷った挙句、菅原には今から帰るという連絡をして彼と肩を並べる事を選んだ。
ここにはいない菅原へ若干の罪悪感を覚えながらも、致し方ないと駅までの道を歩く。会いたい、菅原に。会えなくてもせめて声が聞きたい。だから早く家に帰りたい。
「あの、ここで良いです。あとはバスに乗って帰るんで」
「いいよ、気にしないで。家まで送るから」
そんな折だった。肩に優しく手が置かれたのは。
「俺が送るんで大丈夫です。ここまでありがとうございました」
耳に届く声。
隣に立つ菅原に安心感を覚えながら、想定していなかった現状に驚きの声をあげる。
「え、な、なん……部活は?」
「湯野さんが連絡くれた」
ゆんちゃんだ。
私と菅原の様子に何かを察したのか、ここまで送ってきてくれた彼は「じゃあ……」と少し腑に落ちない様子で身を引いた。彼氏がいるなら先に言えよ、とでも思ったのかもしれない。
「ごめん、遅くなって」
「え、いや、うん。って言うかゆんちゃんから連絡って」
「あー……名字のこと気に入った奴がいるみたいだから早めに迎えに来た方がいいって。で、部活終わった瞬間急いでここまで来た。まじ焦った」
「ご、ごめん」
「着いたら連絡しようと思ったけどその前に会えて良かった。……って、え、なんで泣きそうな顔してんの?」
だって嬉しくて。会いたかったから。声を聞きたかったから。
「⋯⋯嬉しくて。部活で疲れてるはずなのにすぐ来てくれたことも、心配してくれた事も」
散り際の花火みたいに細く紡いだ声が夜に溶ける。
「あのさ」
「……うん」
「今日、花火一緒に観られなくて本当にごめんな」
「ううん……菅原が部活頑張ってるの知ってるのにわがまま言った私が悪いよ。私の方こそ意地張ってごめんね」
何の躊躇いもなく言えた。本当の気持ちを。ずっと口にしたかった想いを。
そうして菅原が緩く笑うから、私はまたちょっと泣きたくなってしまった。
「でも俺だって名字と一緒に花火観たかったんだぞー。浴衣、すげぇ可愛いし。だから来年は一緒に行こうな」
1年後、高校を卒業した私たちはどこで何をしているのかまだ全然わからないけれど、当たり前に来年の話をしてくれる事が嬉しい。
「うん。約束ね」
指切りの代わりに手が繋がれる。体温が混ざり合う感覚が心地良い。少し先の未来に続く約束。来年も、その先も、この人の隣にいられますようにと夏の夜に願った。
(17.08.12 / 23.12.13)