――可愛くなりたい。

 昼休みの終わり際、私の隣の席にいる菅原に要件を伝え、そのまま教室を去っていった潔子ちゃんの後ろ姿を見て強く思った。
 あれだけ可愛かったら、振られるとか失恋するとか経験することはないんだろうなって。

「潔子ちゃん、今日も可愛いね」
「急にどうした?」
「私もあんな風に可愛かったらなって」

 こんなこと言ったら笑われそうだけど、とりあえず続けて口にしてみる。

「眼鏡外して長い前髪切ったら絶世の美女になるとかだったらな……」
「は?」
「そういうギャップがあったら今頃私もモテモテだったかなって話」
「少女漫画かよ」
「少女漫画みたいな展開を希望してるの!」

 机に伏して菅原を睨み上げる。迫力は伴わなかったのか、菅原はそんな私を見て呆れた顔をするだけだった。

「つか、いくら外見良くても中身が駄目ならモテないだろ」
「待って、それ暗に私の中身がダメって言ってる?」
「受け取り方がひねくれてんぞ」
「……絶賛ひねくれ期なんです」
「そういうとこな」

 身も蓋もない言葉。でも実際間違った事を言っているわけじゃない。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、私はただただ深いため息を吐くしか出来なかった。
 


「で、何があったんだよ」

 菅原に聞かれたのは、放課後のホームルームが終わった時だった。
 その質問が何を指しているのか一瞬分からなかったけれど、昼休みの話の続きだと分かって簡潔に答える。

「失恋した。失恋っていうか気になってる人に彼女がいたから告白さえもしてないけど」
「まじか」
「まじだよ」

 言葉にすると痛む胸。
 大恋愛したわけじゃないし、好きな人って言うよりも気になる人って言った方がしっくりくるんだけど、これ以上説明して自分の心をえぐる訳にもいかない。

「そういう訳だからもっと可愛くなって告白成功率を上げたいなーって」
「名前にそういう奴がいる事に驚いたわ」
「私だって恋愛のひとつやふたつくらいするんですけど!」

 確かに菅原とは普段そういう話はしないけれど、これでも一応傷心しているんだからもっと私に優しくしてくれてもいいはずじゃない? なんなら嘘でも良いから「名前は世界一可愛いよ」くらい言ってくれもいいのに。
 いや無理か。菅原はそんな事言わないか。好きな子や彼女相手だったら別かもしれないけれど、私相手じゃそんな台詞言うわけない。現に今だって私に気になる人がいた事が意外なのか、菅原は心底驚いた顔をしている。

「本当のこと話すんじゃなかった」
「なんでだよ」
「だって絶対私のこと哀れんで面白がってるじゃん……」
「そんなこと思ってないって」
「私は自己肯定感を爆上げしてもらえるような言葉がほしいんだけど!」
「自己肯定感なぁ……」

 怒気を孕んでみる。
 眉間に皺を寄せ、今度こそ迫力が伝わるだろうと思ったのも束の間。菅原はそんな私の眉間の皺を、指先でトントンと軽く触れた。

「名前は笑った顔が一番可愛いんだから笑っとけよ。そしたらモテるぞー」
「は……?」
「ま、多分だけどな」
 
 悪戯な表情。
 ああ、もう。なにそれ。なんでそれを今言うかな。

「どうよ。元気出た?」
「…………多分、って。説得力あるのかないのかわかんないんだけど」

 まさか菅原に心揺さぶられる日が来るなんて。
 悟られまいと何かを誤魔化すように口から出た言葉は自分でも呆れちゃうくらい可愛くない台詞だった。