「佐久早くんって彼女とか好きな子とかいるのかな」
「え?」
「名前、幼馴染なんでしょ。知らないの?」
 
 放課後のスタバで突如挙げられた名前。新作のフラペチーノを飲みながら聖臣の顔を思い浮かべた。
 幼い頃から馴染みがある人を幼馴染と言うのなら確かに聖臣は私にとっての幼馴染になるのかもしれないけれど、言葉からイメージ出来る幼馴染とも少し違う気がして、妙な違和感を覚える。

「知らないよ。それに幼馴染っていうか、たまたま小中校と一緒ってだけだから」
「似たようなものじゃん」

 仲が良くない、というわけではない。それなりに話す方だとは思う。
 私と聖臣の関係は多分、幼馴染というよりも腐れ縁と呼ぶほうが適切だ。近づきもせず離れもせず、これからも一定の距離を保って続いてゆく予感しかない。

「今度聞いてみてよ。いないなら彼女に立候補したいし」
「え〜自分で聞きなよ」
「佐久早くんガード固くて答えてくれそうにないじゃん。名前が聞くなら可能性ありそうだし。ま、思い出した時でいいから」

 気乗りはしなかったしどこまで本気なのかもわからなかったけれど、思い出した時でいいのならとストローに口をつけ曖昧に頷いた。とは言え私が聞いたところできっと聖臣は答えてくれはしないんだろうな。




 そのやりとりを不意に想いだしたのは翌週、偶然日直が一緒になった時だった。
 鮮やかな茜色が教室に差し込む夕方。聞くか、聞くまいか。迷いながら夕日に照らされる黒髪をじっと見つめる。

「……おい、何見てんだ。言いたいことあるならさっさと言え」
「え、ばれてた?」
「そんなにまじまじと見られたらばれるも何もない」

 別になんでもないと誤魔化す事も出来たけれど、ふつふつと湧き上がる好奇心が背中を押した。

「……怒らないで聞いてくれる?」
「内容による」
「聖臣って好きな子いるの?」
「は?」

 瞬間、眉間に眉が寄り、訝しげな顔でこちらを見られた。怒っていると受け取れなくもない表情。多少なりと好奇心が働いたとはいえ、こんなことを急に聞いたのにはちゃんと理由があるのだと私は慌てて口を開く。

「いや、その、えっと、友達に聞いてほしいって頼まれて」

 聖臣の表情が変わる事はなかった。だけど次の瞬間、聖臣の口から大きなため息が漏れる。

「……別に」

 それはとても小さな声だった。教室の時計の秒針に負けないくらいの。別にってどういう意味だろう。別にいないなのか。別に興味ないなのか。別にお前には関係ないなのか。

「彼女欲しいな、とかならない?」
「ならない」
「不健全男子高校生だ」
「なんでだよ」
「だって皆言ってるじゃん。彼女ほしーとか、彼氏ほしーとか」

 日誌を書いていた聖臣の手が止まる。じっと私を見つめる瞳。この沈黙は何を語るのだろうか。小学校の頃の面影に重なる、高校生の大人びた顔つき。こんな風に改まって真正面から見つめ合うなんてことなかったから、急に心臓が忙しなく動き出す。
 昔はもっと気楽に話していた気がするのに、いつから距離を覚えるようになったんだろう。あの頃は簡単に手も繋げたし、驚かせることも出来たし、隣に座る事も出来たのに。

「ま、まあ別に全員がそうってわけじゃないと思うけど」
「……名前がいるだろ」

 先程よりも一層小さな声。聞き間違ってしまったかと思い、聞き返す。

「私?」
「忘れたのかよ。小学生の時、将来結婚しようねって一方的な約束交わしてきたこと」

 そんなことあったっけと記憶の中を探してみる。あったような、なかったような。だけどそんな子供の頃の口約束なんていつまでも律儀に覚えておくべきことでもない。だから、聖臣がこの年齢になっても「どこまで本気なのかわからない約束」を覚えていたことに驚いた。

「……聖臣ずっと覚えてたの?」
「何回も繰り返し言われたから覚えてるだけだ」

 何度も繰り返し言った私はすっかり忘れてしまっていたけれど。

「じゃあなに。聖臣、将来私と結婚してくれるんだ?」

 笑いながら問う。
 一定に保たれていた距離が崩れて、小学生の頃に戻ったような気分になる。聖臣はまた眉間に皺を寄せ、私から視線を逸らすと言った。

「……考えておく」

 夕日が差しこむ教室はこんなにも綺麗だったのかと、照らされる聖臣の頬を見つめながら思っていた。

(22.10.01)