※SSS


 朝、時々すれ違う男の子がいた。
 里桜高校の制服だということを知っているだけで名前は知らないし、きっとこれからも知ることはない。
 ワイヤレスイヤホンから流れる音楽に耳を傾けながら今日もまた彼とすれ違う。コンビニ手前の数百メートル。ここがいつものポイント。

(今日はいつもと同じだから、間に合う)

 言わば目安だ。彼を基準に学校までの時間をなんとなく計る。好きとかそんなんじゃない。だって私は彼のこと知らないし。でも髪で隠された右側はどんな瞳だろうとちょっとだけ考える。
 それが、私の日常。

(あ、あの人だ)

 初めて違う場所で彼をみたのは日曜日の昼間だった。
 街中にある昔の作品やB級映画を扱うミニシアター。ああ、あの人こういうのが好きなんだ。チケットを購入して劇場に消えていく背中を見つめながら思う。
 翌日いつもの場所ですれ違ったあの人はそれまでと何一つ変わらなかったけれど、私はやっぱり右の瞳を知りたいと思ったし、叶うことなら一瞬だけ視線を交えたいと思ってしまった。
 きっとあの人は私がそんな事を考えたなんて夢にも思わないだろうけど。

(ちょっと気になるだけで好きとかそんなんじゃないし)

 順平。その名前を耳にしたのは、それからすぐの事だった。どこの高校かはわからないけれど、里桜高校の制服ではないそれを着た男の子があの人に向かってそう言っているのを聞いた。
 順平。馴染ませるように、私は心の中でその名前を言う。あの人の名前は順平。そっか。ふうん。そうなんだ。
 視線が交わることはないけれど、右の瞳を見つめることはないけれど、私は名前を知った。名前だけを知ることが出来た。

(最近はすれ違わないな)

 だけど順平くんはいなくなった。それまでが嘘みたいに姿を見せなくなった。コンビニ手前の数百メートルですれ違うこともないし、ミニシアターのそばで見かけることもない。世界が彼を隠したみたいに私の前から消えた。
 それでも私は今日も学校へ行く。ワイヤレスイヤホンから流れる音楽に耳を傾けて、いつものポイントまで来れば順平くんの顔を思い出す。
 明日は会えるだろうか。名前を呼ぶことも呼ばれることも無いだろうけれど、明日は会えると良いな。明日は。明日こそは。
 順平くんのいない道を歩いて、私の1日は今日も変わらずにはじまる。