吹き抜ける風が冷たい。クリスマスソングが延々と流れるスーパーマーケットで必要なものを買い揃えた私は信介くんが待つ家へと急いだ。
 鋭く、ピリつくような冷気。局地的に冷え込み雪が降るところもあるでしょうと今朝天気予報で言っていたけれど、それも納得の寒さだった。マフラーに顔を埋めて、少し駆け足で家路を急ぐ。

「ただいま」

 玄関のドアを開け呟くように言えば、その声は静まった家に消えていった。やけに静かだと居間を覗くと、テレビの前で信介くんが寝ている。半分に折りたたんだ座布団を枕にしながら仰向けの体勢で、お腹には右手が乗っていた。
 大きな声で「ただいま」と言わなくて良かった、と安堵しながら穏やかに気持ちよく眠っている信介くんの顔を覗く。

(ここでお昼寝なんて珍しい……)

 薄く口が開けられて、伸びたまつげは整った顔に影を落としている。触れたいと思う感情と、起こしてはいけないと律する精神がせめぎ合う。
 隙間風が吹いて、その冷たさが信介くんまで届けば「ん……」とくぐもった小さな声が溢れた。夢と現実の狭間までやってきて、再び夢路へと戻っていった信介くんにえもいわれぬ感情が押し寄せる。
 それはどうしようもないくらい心地の良い心臓の痛みだった。

「……愛おしい」

 可愛い、と思う。無邪気な寝顔も、安心しきった様子も。でもそれだけでは足りない何かを埋める言葉は多分、それなんだと思う。微睡むような優しい時間が訪れて、願う。どうか私の愛しい人が幸せな夢の中にいますようにと。
 お気に入りのブランケットをその身体に優しくかければクリスマスと共に新しい年の始まりがやってくる感覚を覚えて、今年もまた一年、信介くんと丁寧で実直な暮らしが出来たことを誰にでもなく感謝するのだった。


◇   ◆   ◇


 ふと目を覚まし時計を見ると針は午後6時を示していた。やばい、私もテーブルに伏して眠ってしまっていたと慌てて起き上がれば、その音に気が付いたのか信介くんも身体を起き上がらせた。
 冷え切った室内に身震いをして、慌てて暖房のスイッチを入れる。

「……俺、寝とった?」
「買い物から戻ってきた時には眠ってたんだけど、信介くんの顔見てたら安心してきて私も寝ちゃってた。コーヒーか紅茶飲む? ほうじ茶もあるよ」
「すまん。コーヒーええ?」
「うん」

 寝起きのあくびをこぼしてから台所へ行き、コーヒーメーカーに先日兄から貰った自家焙煎の豆をセットした。豆を挽くミルの荒々しい音が響くのを聞きながら、窓の外に視線を向ける。
 太陽が沈んだばかりの薄紺の空に、泡のような軽さの雪が冷たい空気の中を踊るように落ちてきた。それは今年初めての降雪だった。

「信介くん!」
「なしたん?」

 信介くんの名前を呼んで急いで居間に戻り、大きな窓から外を見つめる。冬の静けさを運びながらも微かな光を放つように降る雪に見惚れた。

「雪や」

 ブランケットを肩から羽織ったまま信介くんが私の後ろに立つ。暖房はまだ部屋全体に行き渡っておらず、信介くんは私で暖を取るかのように後ろからブランケットごと私を包み込んだ。すっぽりとその腕の中に私をおさめて信介くんも同じ景色を見つめる。

「ホワイトクリスマスだね」
「後で出かけるとき厚着せなな」
「そうだね。風邪引いちゃうといけないもんね」
「お腹空いた?」
「ちょっと空いてきた」
「せやったらコーヒー飲んで支度できたら外出よか」
「うん」

 すぐ耳元で聞こえる信介くんの声が本当は少しくすぐったかった。でも抱き締めてもらえることが嬉しくて私は笑ってしまうのを一生懸命に堪える。
 それくらい密着しているから、信介くんのボトムスのポケットに入ってたスマホの振動は私にまで届いた。
 
「侑や」
「侑くん?」

 スマホを取り出した信介くんは私の体の前で連絡の内容を確認する。

「サンタの格好した写真送ってきよった」
「サンタの格好?」
「似合うとりますか、言うて」
「おお、サンタさんがいる」

 私が見やすいように画面を傾けてくれたのでその送ってきた写真とやらを見れば、どこでその衣装を調達してきたのか、赤い帽子に白い髭を蓄えた侑くんのサンタクロース姿が映っていた。

「クリスマスやなぁ」

 信介くんが笑う。
 きっと街には大きなツリーやイルミネーションが煌めいていて、色めき立つ街並みに笑顔がたくさん溢れているんだろう。明日になれば街はお正月に向けて姿を変えるけれど、今日はクリスマス。ホワイトクリスマス。
 体を動かして、信介くんと向き合う。終わりかけのクリスマスに、私と信介くんのクリスマスが始まる。

「メリークリスマス、信介くん」
「メリークリスマス、名前」

 そしてどこかでサンタクロースは誰かに幸せを運ぶのだ。
 優しい優しい、クリスマスの夜に。

(20.12.17)

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