両片思いを拗らせた2人が付き合う事になる
今年もまた帰省の時期がやってきた。新幹線の指定席チケット争奪戦に無事勝利し、東京から大阪に辿り着いたのはつい昨日の事。高校の友達がみんなで集まってるから来てというので身なりを整えて暑さの引かない夜の街を歩く。薄暗い空の下、辿りついた地元の居酒屋。そこに宮侑はいた。
私がずっと好きだった人。多分、私の事を好いてくれてた人。決定的な言葉を交わすことなく卒業してしまった私たちは付き合う事こそなかったけれど、私は今でも侑への思いを断ち切れないでいる。
「せや。侑、名前の実家の近くに住んどったよな? このまま帰らすのも心配やし、送ってってくれへん?」
久しぶりに会う友達。ようやくやってきた長期休暇。いろんな要因が重なって気付けば浴びるほどのお酒を飲んでしまった私は、二次会が終わるころには足取りもおぼつかないへべれけの状態になってしまった。見かねた友人がそう言うのをぼんやりと聞く。いや、無理やろ。そう思う私に侑は言った。
「ええけど」
ええのかい。
正直、侑が快諾したことには驚いたけれど、どこかでそれを喜んでいる自分もいた。狡いとわかっていても断るという選択肢はなくて、結局その厚意に甘えさせてもらう。
「名前、帰るで」
数年ぶりに呼ばれた名前が酔いのまわった体に染み込む。お酒よりもずっと強い苦さと甘さ。苦しくて、嬉しくて、そしてそれはほんの少しだけ切なかった。
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「あかん、目ぇ回る。気持ち悪い……」
かつての同級生たちと別れを告げ、侑と共に歩む帰路は月明かりが差しこむ静かな道だった。私の歩調に合わすのは歩きにくいだろうに、嫌な顔一つせず寄り添ってくれるこの男をどうやったら忘れられると言うのだろうか。東京にいたら上手にコントロール出来ていた感情も、こうしてすぐ隣に侑がいると思うと簡単にあの頃の気持ちが色濃くよみがえってしまう。
「自業自得や。だいたいなんであんなに飲んだん。普段からあんな飲み方しとるん?」
「普段はこんなに飲まへんよ」
「やったらなんで今日は飲んだん」
呆れ気味に侑は言う。わかってる。私だってこんなつもりじゃなかった。こんな醜態晒したくはなかった。
やけど、仕方ないやん。
隣に並ぶ侑を見上げる。大人びた顔つき。あの時とは違う髪型。がっしりとした体格。侑のそういうところが今の私の心を攫っていく。
言うかどうか、ほんの一瞬迷った。もし明日侑に何を言われても全部お酒のせいにしよう。覚えてないって。冗談だって言ってしまえばいい。そう思った瞬間、口走っていた。
「……やって飲まないとやっていけへんもん。トイレから戻ったら隣に侑おるし、普通にかっこええし、話してもっと好きになったら困るやん。彼女おるんかなとか、私の事なんてもう忘れてるやろなとか、余計な事考えてまうやん。今でもどうしようもない片思いなのにこれ以上好きになったら辛いだけやし! ……やからもうお酒飲むしかないやん」
一瞬目を見張った侑が切なそうに顔を歪める。
「……なんでそれを今ここで言うん」
ぼそりとそう呟いた次の瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
人気のない深夜の歩道。しんと寝静まる夜に吐息が溶ける。薄く空いた唇に入ってきた舌先が口腔内で荒く動く。触れ合う全ての場所が熱い。どうして今、私は侑とキスしてるんだろうか。霞む思考の中、のぼせてしまうようなこの感覚は絶対お酒のせいなんかじゃないってことだけはわかった。
「あ、つむ」
「……酒の味のせいで俺まで酔ってまいそうなんやけど」
「え、あ、ごめん……」
いや、そうやなくて。そうやなくて、何で今キスしたん。
酔いも忘れるほどのキスが私の頭の中を占領する。感触も温かさも動きも全部が鮮明に私の身体に刻まれて、心臓がどうしようもないくらいにはやる。
「俺がどんな気持ちで諦めようとしたか知らんやろ」
「え?」
「東京の大学行って東京で就職するんやって、絶対に夢叶えたいから言うて受験勉強頑張っとる名前見て邪魔はせんようにって告白するん止めた俺の気持ちわかるか? もうなんとも思わんようにしよ思っとったのに久しぶりに会うたら綺麗になっとるし東京の話楽しそうにしとるし、挙句になんなん。なんでそんなこと言うん……そんな言われたら諦めきれへんやん」
頬に侑の手のひらが触れる、私を見据える瞳は憂いと熱を帯びている。泣きたくなるほど苦しくて、痛い。
「好きや」
たったの三文字が鼓膜を掠める。
「大切にするから俺と付き合うて」
あかん。ほんまに泣いてまいそう。夢やないよな? お酒に酔い過ぎて都合の良い幻見とるとかやないよな?
ゆっくりと呼吸をして気持ちを整える。数年かけて告白なんて笑っちゃう話だとは思うけれど、差し出されたこの手を取らないなんて出来ない。
「……遠距離恋愛やけど、ええの?」
「今更やろ」
「明日になってやっぱり嘘や言うても遅いよ?」
「酔っ払いがなに言うとんねん」
「侑」
それは、私の好きな人の名前。
「私も好き。侑の事、ずっと好き」
侑が満足そうに笑う。再び触れた唇には蕩けるような優しさが込められていた。
(22.11.10)