才色兼備マネージャーの好きな人は銀島結


「なあ、銀島。1組に名字名前って名前のかわええ子おるやん」

 その名前が出たのはクラスの友人と昼飯を食っとる時やった。

「おん」
「小学校一緒やったってほんま? 仲ええの?」
「ほんまやけど仲ええかどうかはなんとも言えんわ。まあ部活は一緒やから話すことはあるで」
「彼氏おるん? おらんかったら好きな奴おるとかそういうの、知らん?」
 
 平然を装って返答をしたつもりやったけれどその言葉でメシを食う手が止まる。急すぎるやろ。と言いたいのに言葉が出てこうへんのは「そんなんおったら俺が知りたいわ」と思ったからなのかもしれん。
 脳裏に浮かぶ名字の顔。小学校の時から可愛い子やって密かに男子の間で人気やった。中学は離れたけれど高校生になって再会した時、元々の可愛らしさに綺麗さが加わって、そんで勉強も出来るもんやから天は二物も与えるんやな、と思ったことを思い出す。
 ずっと好きな女子。やけどそれだけ完璧な相手やから絶対両思いになんてなれへんと割り切っとる相手。

「……知らんわ、そんなん」
「なあ、今度彼氏おるかどうか聞いてみてくれん?」
「なんで俺が聞かなあかんねん」
「ええやん、減るもんでもなしに」

 減らんけど減るわ。精神的な何かが減るわ。

「忘れんかったらな」

 答えを濁して再びご飯を口に運ぶ。もしも彼氏がおったとして、それは俺みたいなやつやなくて多分、侑とか治みたいなやつなんやろな。双子みたいな目立って顔だちも良くて人望もあるような男が隣に立って、美男美女カップルなんてもてはやされるんやろな。
 そんなことを考えとる時点であかんのやろうけど。


 部活の終了時間が遅くなった日は名字の事を家まで送るという任務が誰かに課せられる。大抵は俺たち2年の間で順番に役割を担っとって、今日はたまたまそれが俺の番やった。

「なあ」
「ん?」
「聞きたいことあるんやけど」
「聞きたいこと?」

 部活が終わりの帰り道、名字が首を傾げる。
 肩を並べて閑静な住宅街を歩いとると不意に先日の会話を思い出して気が付いたらそんなことを口にしとった。
 二人きりの夜やから何も減らんような気になってもうたのかもしれん。しまったと思った時にはもう遅く、名字は何を聞かれるんやろうとこちらをじっと見つめとる。眼差しを受け、はやる心臓。

「あー……答えたくなかったら答えんでええんやけど」
「あはは。なんなん。私は今からなに聞かれるん?」

 耐えきれんくて視線をそらすと名字は笑った。あかん。かっこ悪。

「名字、彼氏おるん?」
「おらんけど」

 即答。だからと言って自分がどうこうなるわけやないとわかっていても、その回答に安心してまう。

「……せやったら、好きな奴は?」
「それは……おる、けど」
「そ、そうなんか」

 なんや、好きな奴はおるんか。密かな恋は結局、本人に知られる事もなく散った。まあ分かっとったからええけど。いや、良くはないねん。良くはないねんけど、仕方ないねん。
 あっけない失恋を表に出さずにいると名字がこぼす。

「気にならんの?」
「え?」
「気にならんの、私の好きな人」
「いや流石にそれを聞くんは失礼やろ」
「やったらヒント出すから当ててみて。……ええ?」
「ええ、けど……」

 名字は、やけど、ほんの少し神妙な面持ちをしとった。緊張しとるような張り詰めた何かを感じながらもそれが何なんか具体的にわからんまま、名字の声に耳を傾ける。

「運動部に所属してて、髪が短くて、クラスは違って、私より背が高……これは当たり前やな……。あとは、そうやなあ、熱血気味で責任感強くて、あとこれ言うたら多分すぐわかってまうんやけど」

 名字は一度そこで言葉を区切った。もどかしいとすら思える名字の小さな歩調に合わせて歩いていると、じっと見上げてくる瞳が俺を捉える。深呼吸を繰り返して、覚悟を決めたように名字は再び口を開いた。

「小学校、一緒やねん」

 名字の言葉を頭ん中で繰り返す。運動部。髪が短い。クラスは違う。そんで熱血で責任感がある。一見絞れへんわと思とんやけど、そもそも名字と小学校が一緒なん、俺だけやん。ちゅーことは、つまり。

「お、俺!? 双子やなくて?」
「侑と治? なんで?」
「いや、なんとなくやけど……」
「ないないない。付き合っても手間掛かりそうやし事あるごとに振り回されそうやん」

 それはまあ……わからんでもないわ。
 いややけどやからってそんな事あるん? こんな事があってもええん? いまだに何も言えずにいる俺に名字は続ける。

「つまりな、そんな感じで……まあ、小学校ん時からずっと銀島の事が好きやねん」
「……名字」
「待って! 今すぐに返事聞く勇気ない! めっちゃ緊張しとるし! やから、ちゃんと私の事考えてもろて、そんで今度ちゃんと返事くれると嬉しい」

 名字は慌てながら言う。
 悪いけどそれは無理や。やって答えはもう決まってんねんもん。どんだけ時間を与えられても変わらないんやから、今、伝えさせてや。いつまでもかっこ悪いん、さすがに嫌やねん。

「名字」

 もう一度その名前を呼ぶ。今度は力強く、はっきりと。長年温めていた想いがようやく言葉になる瞬間、月明かりが名字の赤くなった頬を照らしとった。

(22.12.01)