姫川からデートに誘われる


「そう言えば週末、久しぶりに男性と二人で出かけるんだよね」

 その約束を取り付けた時、葵に報告するかどうか正直迷った。葵とは高校から続く友人関係ではあるし、社会人になった今でも定期的にご飯へ行く仲だから言うべきなのかなって。一方で、でも彼氏ではないし私が誰とどこへ出かけようが葵にはどうでも良い事かと思う自分もいた。
 挙句、言ってしまったのは話の底がついたからというどうしようもない理由からだった。居酒屋の安いお酒を飲みながら話題を探していた時にふと思い出して口からこぼれる。

「男性って……え、俺の知ってる人?」

 一瞬葵の眉間に皺が寄った。気が、した。

「ううん。この間友達の結婚式があったんだけどそこでちょっとだけ話した新郎側の友人。なんか私の事気に入ってくれたんだって」
「……ほとんど何も知らない男とふたりきりでデートするってこと? 大丈夫?」

 身も蓋もない言い方だけど、そう言われてしまえば「うん」としか言えない。実際、葵が口にした通り私は相手の男性の事をほとんど知らないのだから。ほとんどどころか、新郎の大学時代の友人で今は商社に勤めているということが私の知っている唯一だ。それでも一応私のことを気に入ってくれた人だし、話していて不快に思う瞬間もなかったしと心配してくれる葵を安心させるためにもと付け加えた。

「でもいい人そうだったよ。大手の商社に勤めてるんだって。友達も一回会って相性合わなかったらちゃんと断ってくれて良いからって言ってくれてるし。それに彼氏ほしいし」
「……名前ちゃん、彼氏欲しかったんだ」
「人並みにね。周りに良い人全然いないから作るのにも苦労するけど」

 あっさり出会えてあっさり付き合えるんだったら彼氏の途切れない人生だったかもしれないけれど、それが出来ないからこうして数少ない出会いを大切にするしかない。

「……いないって、俺は?」
「え?」
「ごめん、なんでもない」

 ぼそりと呟いた言葉を誤魔化すように葵はお酒を飲んだ。なんでもないって言われても言葉は私の中に残ったまま。

「……もしかして葵ってば私に彼氏ができちゃうの寂しいの? 大丈夫だよ。うまくいくかわかんないし、もしこれから先彼氏が出来ても葵とは定期的に会いたいって思ってるから」

 途端、葵の口数が減る。困ったように笑う葵の考えている事が私にはちっともわからなくて、なにかこの雰囲気が変わるのならとつい聞いてしまった。

「あー……葵は? そういう話聞かないけど、好きな人とか良い感じの人とかいないの?」
「好きな人なら……いる」
「そう、なんだ……」

 正直、もっと慌てふためくと思っていた。葵とはそういう話を滅多にしないけれど、間を開けることも無くはっきりと言い切られるなんては全く思ってもいなかった。
 だからなのか私も口を噤んでしまう。そっか、葵、好きな人いるんだ。自分で定期的に会いたいと思ってるからなんて言ったくせに、私の方が葵からもう会えないと言われる可能性もあるのだと思うと胸の奥がツンと痛んだ。

「も、もしうまくいきそうになったら教えてね。葵なら彼女大切にしそうだから、二人きりで会うのとか、多分、気が進まないだろうし……」

 お皿にぽつんと残った枝豆に手を伸ばす。別にお腹が空いていたわけじゃない。何か別の事をしないと余計なことを考えてしまいそうで怖かったからだ。少し強い塩気に私はまたお酒を飲む。沈黙が嫌だ。なんかもう、このまま酔っちゃったほうが気が楽だ。
 
「名前ちゃん」

 そんな沈黙を破るように改まって私の名を呼んだ葵は、次の瞬間、半分まで減っているジョッキの中身を一気に飲み干した。

「あ、葵!? そんな一気に飲んで大丈――」
「それなら、彼氏が欲しいなら、俺でもいいってことだよね?」

 私は目を見張った。揺れる瞳。赤くなった耳たぶ。それらは本当に全部お酒のせいなのだろうか。なにそれ。そんなのまるで葵が私の事を好きみたい。葵の、普段見せない雄々しい部分が剥き出しにされたみたいで私は簡単に動揺した。

「そ、れは……」
「俺が名前ちゃんの彼氏になりたい。ずっと名前ちゃんの事好きだったから」

 周りの喧騒が遠ざかって、意識は全部目の前にいる葵へと注がれた。交わる視線に心臓は騒がしくなる。バカみたいにドキドキする。彼氏はほしい。でもそれが葵だったら、なんか、良いなって。根拠も理由もないけど良いなって思ってしまった。

「……週末の約束はキャンセルしようかな」
「それって……!」
「でもそうなると予定空いちゃうんだけど……?」

 思いを込めて葵を見つめる。赤く染まった頬は絶対お酒のせいなんかじゃない。

「お、俺とデートしてください」

 期待していた言葉が届いて、私は頷いた。

(22.11.07)