高校時代に両片思いだった月島と再会する


 その日、仙台市博物館へ足を運んだのは仕事の為だった。訪れるのは多分、小学生の遠足以来。観光客の目を引く伊達政宗の像を横目に博物館の中へ進む。
 チケット販売機を通り過ぎ、カウンターの中にいる学芸員の方へ「すみません」と声をかけると、振り向いたのは、一際背の高い男の人。

「……名字?」
「え、月島……くん?」

 呼ばれた名前に思わず目を見張る。そこに居たのは高校時代の同級生、月島蛍だった。私の知らない髪型や大人びた顔つきを前にして今更あの頃のように「月島」と呼び捨てにすることも出来なくて、付け加えるように敬称を口にする。これが、卒業してから今日までに生まれた距離感かとぼんやり考えた。

「驚きすぎ」
「だって私の事覚えててくれたんだなって」
「たった数年で忘れるわけないでしょ」

 昔と変わらない言い方に心臓がはやる。会うのは成人式以来だろうか。だけど、鮮明に思い出せるのはやっぱり制服を着ていた頃。そういえばバレーはまだ続けてるって、友達が言っていた気がする。

「なんか懐かしいね。月島くん、もしかしてここで働いてるの?」
「まあ……一応」
「私は仕事で、片倉さんに会いに来て」
「もしかして次の特別展示について?」
「うん」
「それなら僕が引き継いでる」
「え?」
「片倉さん、親の介護でしばらく休職するみたいだから」
「え、じゃあ、私の仕事相手は月島くん?」

 まさか高校時代の同級生と仕事をすることになるなんて想定していなかったから、さすがに驚いてしまう。もちろん嫌じゃないけれど、でも、ちょっと緊張するかも。呼吸を繰り返して平然を装うとする私を怪訝に思ったのか、月島くんは眉間に皺を寄せた。

「なに。僕じゃ不服?」
「まさか! ただ、仕事出来るぞってところしっかり見せられたらなって」
「その言い方だと出来るようには見えないけど」

 緩く上がる口角。ちょっと意地悪く笑うその笑顔が、私は結構、好きだった。 
 そう。好きだったのだ。告白は出来なかったけれど今でも時々卒業式の日にダメ元で告白していたらどうなっていたかな、と思うくらいには。月島くんとは仲が良かったし、もしかしたら本当に付き合えていたかもしれないって今でも思う。
 まあ今更思ったところでどうすることもできないけれど。

「こう見えても意外と社内では仕事出来る人って思われてるんだよ?」
「フーン」

 月島くんが納得できないのも無理はない。だって月島くんの中の私は宿題を忘れて困ったり、先生に呼び出しをされて怒られている私なのだから。

「高校の時は月島くんにたくさん迷惑かけてたけど、今はもうそんなことにならないから安心してよ」
「へぇ、迷惑かけてた自覚あったんだ」
「あはは。なんやかんや月島くんって優しかったから甘えてたんだよね。でもこれから仕事を通じて少しでもいいイメージ持ってもらえるように頑張る。今日は挨拶だけだったからまた改めて来るよ。じゃあね、月島くん」

 口紅を引いた唇に笑みを浮かべる。踵を返すとヒールの音。
 今更どうこうなんて思わないけれど、綺麗になったんだなとか、可愛くなったなとか、少しくらい思ってくれればいいのに、とは願う。

「あのさ」

 そんな私を呼び止める声。
 振り向いた先には、高校生の頃よりかっこよくなった月島くんがいる。身体の真ん中に青い風が吹く。慌てて、ここに来たのは仕事の為、と自分に言い聞かせた。

「あ、え、なに?」
「その呼び方やめてくれない? 仕事中は仕方ないとしても普通の時は今までみたいに呼んでくれないと落ち着かないんだけど」
「普通の、とき」

 って、いつだろう。
 仕事以外で会う事なんてあるわけないし。仕事以外で連絡をとる事なんてあるわけないし。

「それと僕、誰にでも優しかったわけじゃないから。あの頃、名字だから迷惑かけられても嫌じゃなかったんだけど」

 意識しなかった角度から放たれる月島くんの言葉の数々に頭の中が混乱していく。
 まるでこれから物語がはじまっていくみたいだと思ってしまった。その言葉、あの頃の私に聞かせてあげたかったと思う反面、これから私達の間に新しい何かが生まれるならそれはそれで悪くないと思える。

「そういうわけだから、これからもまあ、よろしく」

 月島くんが言う。
 世界はとても鮮やかだった。

(23.05.02)