誰にでもわかるほどの不機嫌オーラでスタジオに入ってきたその人の隣で、付き添いの関係者の方がぺこぺこと謝ったり挨拶をしたり額の汗を拭いては苦笑いをしている。

「佐久早さん、いつも試合見てますよ!いや〜〜まさかこの現場で会えるとは……今日はオトコノカラダ特集!よろしくお願いします!」
「ああ……ハイ」

カメラマンの娘さんがバレーボールをやっているらしく、家でもよく見させられてるんだと打ち合わせで言っていたけど、娘がファンだと自然と自分もファンになってしまうみたいだと傍目から見て思う。それにしても綺麗な顔だなー、佐久早選手。

以前、毎年恒例の攻めた特集で同じくムスビィの宮選手が表紙を飾った時が今日のきっかけだったりする。撮影終了後、編集長と楽しそうに歓談する宮選手が「amamに佐久早とかどーです?意外性抜群やし」と冗談混じりに言ったのを編集長はしっかり実現に漕ぎ着けたんだとか。
外堀から埋めたと鼻高々に言う編集長の話に思わず結婚迫る女子かと突っ込みそうになった私と同じ人はあの場に何人かいたと思う。

時計の針が進むごとに現場の雰囲気が変わる。撮影の準備に入ると、これまた撮影には不向きな表情で衣装に着替えていく佐久早選手がスタッフに声をかけられマスクを外した。
関係者の方が心配そうに色々と声をかけているが、表情筋がぴくりとも動かない。佐久早選手は笑ったりするんだろうか。まぁこの特集に笑顔は必要ないのだけど。

今回の特集は、オトコノカラダ特集。今のところ素肌に白シャツを羽織っているが、きっとあれは脱がされる。カメラマンの口述で。
ちらちらと見える筋肉がすごく綺麗で、何度も見とれては我に帰る。落ち着け私、撮影中だよ。モニターに撮られた写真が映る度、段々不機嫌な視線でカメラに送る表情がセクシーに見えてくる。これは……かなりいい仕上がりになるかもしれない。

「佐久早さんそのシャツ脱いでみましょうか!」
「……はぁ」
「お〜〜!仕上がってますね〜毎日鍛えてるんですか?」
「一応」

なんだかんだ言われるがまま脱いでくれる佐久早選手に、最初は大丈夫かと心配していたほぼ全スタッフの目がハートになっている。胸筋の盛り上がり具合、うっすら見える腹斜筋、背中のライン。鍛え方のバランスとても良い。
デニムを腰履きに変え、カメラマンの指示で横からのショットを撮る。佐久早選手は気づいていないがこっそり角度を変え、腰よりも下までレンズに収まっている。さすがプロ。あの表情も素晴らしい気がしてきた。
あの様子じゃきっと自分の写真をチェックするタイプじゃなさそうだけど、大丈夫だろうか。発売してからさらに不機嫌にならなけらばいいけど。


▽ △ ▽ △



ムスビィのロッカールームに入った佐久早は、中央のベンチに扇状に置かれたamam最新号を見て固まった。そして、そ知らぬ顔で着替えをする侑を凝視し、扇状のamamを揃えて侑の背中にグリグリと押し付けた。

「おい、なんだこれ」
「臣くん最高やったで、オトコノカラダ特集」
「うるさい」

新しいおもちゃを見つけたように笑う侑のロッカーにamamを放り込むと自分のロッカーを開けて準備を始める。すでにいたチームメイトは扇状になる前のamamを見ていたが、佐久早のあまりの機嫌の悪さに褒めるも貶すもしない。触らぬ神に祟りなしといったところだろう。

「おはようございまーす!……ん?なんすか?この空気」
「翔陽くん待ってたで!見てこれ〜」
「……チッ」
「おお!?これ臣さん!?めちゃくちゃかっけ〜〜!オトコノ…カラダ…すげー!」
「ほーら臣くん、翔陽くんも褒めてくれてるやろ」
「……元はといえばな」
「おっはよー!」
「……またうるさいのが来た」
「なになに!?なにこれ!なんの雑誌?オミオミ!?イケメンじゃん!俺にも見せて!」
「まだここにもあんで木っくん」
「ツムツムすげー買ってんじゃん!」

うるさいにも程がある。もう侑を見るのも面倒に思えてきた佐久早がロッカーを向いて中断していた準備を始めると、日向と木兎がページをめくってはリアクションをする。高校生男子がグラビアでも見るかのように。

「キャー!オミオミ、おしり見えてる!」
「……は?」
「え?臣くん知らんかったん?うそ〜、amamやで?格好いい自分チェックせな」
「なんか……臣さんずっと同じ顔!」
「ほんとだ!確かに!でも全部かっけーじゃん!いーなー!俺もamam載りたい!」

ロッカーの扉を締めた佐久早は、ポケットに手を突っ込んでロッカールームのドアノブを回しながら思った。やっぱやらなきゃよかった。……もうどうにでもなれ、と。



20200925 たまご


モドル