※サイト内における長編(ハリネズミの春)の番外編(筋トレ宣言する話)の番外編ですが本編わからなくても多分読めます。
『えっ筋トレ?』
『はい。ちょっと最近体型が気になるのでよろしければ筋トレについて教えていただければと思いまして』
『研磨はなんて?』
『筋トレ苦手だから他の人に聞いた方がいいって言われました。真っ先に思い浮かんだのが黒尾先輩で』
研磨くんに筋トレを始めると宣言した翌日、私は早速黒尾先輩に連絡をとった。
『色々調べてはみたんですけど独学じゃ限界があると思って、呼吸の仕方とかどこを意識したら良いとか、そういうの教えてもらえたらなって』
『まあそれくらいなら良いよ〜』
無理を承知でお願いしたけれど黒尾先輩はすんなりと快諾してくれた。黒尾先輩の気が変わってしまわないうちにと早速レンタルジムを予約し、黒尾先輩と予定を擦り合わせる。
それが、今から3日前の出来事。
「む、無理ですもう……もう、無理です!」
「そこからの10秒が重要だからあともう少し頑張ってみて」
もちろん筋トレなんだからしんどいし大変だとは思っていたしそれなりの覚悟もしていたけれど、黒尾先輩は意外とスパルタだった。
「じゅ!?」
「お尻下がってきてるから腹筋意識して。あと膝は肩の下ね」
手初めてにプランクを、と指南してもらったのは良いがこれがキツかった。見本を黒尾先輩に見せてもらった時は「あ、これ私も簡単に出来そうじゃない?」なんて思ったのに、いざ正しい姿勢を教えてもらって始めると全身にかかる負荷に早くも体勢が崩れてしまいそうになった。
「サイドステップとかプッシュアップ、サイドプランクやるにしてもこの基本のプランクは大切になるし、体幹も鍛えられるから毎回取り入れてね」
「……ハイ」
きっちり10秒が過ぎてようやくプランクから解放された私に黒尾先輩は容赦がない。
「後はスクワット。肩幅に開いて腰下ろすやつね。体勢ちゃんとしないと痛めちゃうから注意して」
少し休憩を挟んで黒尾先輩は次々と筋トレの極意を伝えてくれる。へたばっていた私を立たせると、私にスクワットを叩き込むため黒尾先輩は目の前に立った。
「膝が爪先より先に出ないこと。お尻をしっかり下げて重心は踵に乗せる。最初は難しいと思うから全身鏡を見ながら形を覚えるといいよ」
「こ、転びそうになるんですけど」
「うん。だからちゃんと腹筋に力入れて転ばないようにして。出来るようになってきたらワイドスクワットって言うのもあるから。内転筋鍛えられるから内ももが引き締まる」
「足が……プルプルします!」
「疲れてくると膝出ちゃうから注意してね」
頼んだのは私だし、黒尾先輩の言ってることは正しいことだし、やる気はあるのに身体がついていかない。そもそも私、最後にがっつり運動したのっていつだっけ。
「じゃあちょっと休憩したらバーピージャンプを教えてあげよう」
「バーピージャンプ……」
もう何がきてもしんどいことには変わりない。地道な繰り返しが私の引き締まった身体を作り上げるのだと床に寝転びながら少しでも体力が回復を待つ。よしもうこうなったらなんでもこいだ、と腹を括った私はまだ筋トレを甘く見ていたんだと思う。
「とりあえず俺がやるの見てて」
私はそのままの状態でバーピージャンプのお手本を見せてくれる黒尾先輩を見つめた。……いや、今の私じゃあそれ出来る気がしないです。
「えっ……あの、え? マジですか?」
「マジですよ」
明日の筋肉痛確定を確信して、私はのろのろと立ち上がる。リズムよくしゃがんで、キックバックして戻ってジャンプを繰り返す。プランクとスクワットをしたあとのバーピーは地獄としか言いようがなかった。体力の限界を目前に私を動かすものは意地とプライドだけだった。
「わ、私これ……出来てますか!?」
「……まあ、初めてだし。まあ、うん……まあ」
ちらりと鏡を見る。その姿は狂気の沙汰と言っても過言ではなかった。おおよそ人に見せられるものではない。それでもその姿を否定しないは、熱血指導をする黒尾先輩が今日見せた唯一優しさだった。
「はい、おつかれー」
「お、おつ、かれでした……」
一通りの指導を終えて黒尾先輩がドリンクを渡してくれる。
「慣れてきたら組み合わせてHIITトレーニングとかもやってみるといいと思うよ」
「はい……」
「まあ相談ならいつでも受け付けるから」
「ありがとうございます……」
「研磨もびっくりするんじゃない?」
確かに私の筋トレ姿を見たら驚くに違いない。黒尾先輩はそういう意味で言ったわけではないけれど、私はあまりの自分の出来にそんなことを考えてしまった。
「理想の体型目指して頑張ります」
早くも心が折れてしまいそうな筋トレメニューに、せめて研磨くんの家に遊びに行く日までは頑張ろうと誓うのだった。
20200928 えむ