「……おや? おやおやおやおや?」
部活終わりの部室で突如声をあげたのは黒尾だった。
声と共に、何かを言いたげな視線は隣にいる研磨に向けられる。
「……なに」
「研磨君、制汗剤変えました?」
研磨の手にはツーブリーズが握られている。1番楽だからと言う理由で研磨がいつもスプレータイプのものを選ぶことを知っている黒尾は、わざわざ蓋を開けて液体を手に取り塗り込むという作業が必要なツーブリーズを研磨が選んだことが意外だった。
「そうだけど」
「ツーブリーズじゃん」
確かにクラスの半分以上はツーブリーズを使っている人が多いけど、だからと言って研磨がそれに変える人間ではないことも黒尾は知っている。
しかも、と研磨が持っているツーブリーズをよくよく見るとあることに気がついてしまった。
「ちょっとちょっと、キャップの色が違うんじゃねえの?」
「……別に」
「またまた。なに、わざわざ買って交換したの?」
「じゃなかったらこうならないでしょ」
黒尾が指摘したように、研磨が手に持つツーブリーズは本体と蓋の色が合致していない。
なるほどそういうことかと内心笑みを浮かべる黒尾に研磨は不機嫌そうな顔を向けた。
「まあいいんじゃん? 彼女なんだし」
「そうやって言われるから嫌だったんだけど」
「でもしてあげる研磨は彼女には甘いわけね」
そういうわけじゃないと研磨は思う。甘いとか甘くないとかよくわからないけれど、それで喜ぶのだったら別にこれくらいと言うのが正直なところだった。
「⋯⋯交換してほしそうだったし」
「そういうところな〜」
明らかに見てわかるお揃いのものだったらもっと抵抗はしていただろうけれど、大抵の人がやっているツーブリーズの蓋の交換。それでもきっと、彼女がいなければこの蓋の色が変わることはなかっただろうと研磨は思う。そもそも、この商品を手に取ることはなかったかもしれない。
「クロは」
「なに」
「クロはキャツビーだから交換したくても出来ないね」
「……男は黙ってキャツビーだろ」
「なにそれ」
羨ましくないわけではないが、キャツビーの爽快感が好きな黒尾にとって、ツーブリーズを購入すると言うことは悪魔に魂を売る感覚に近かった。
「羨ましい?」
「⋯⋯別に。俺、キャツビーの匂いめちゃくちゃ好きだし」
着替えを終えて、ツーブリーズをスクールバッグの中にしまう研磨を見ながら黒尾は尋ねた。
「で、実際のところはどうよ。ツーブリーズ」
「えー……うーん……」
めんどくさそうな声色の反応を見せた研磨は思考を巡らせる。
別に。可もなく不可もなく。確かにキャップは面倒と思うときもあるけれど、どこにでも使えるし。慣れればまあそれもそれだと思える。
けれど1番の決め手は、と研磨は薄く笑う。
「まあ、嬉しそうな顔見られるからいいかなって感じ」
20201006 えむ