人の噂も七十五日。そんな言葉は田中には関係ない。初対面のその瞬間に、田中が清水先輩にプロポーズをしたというのは1年の時に同じクラスでよく話していた成田から聞いていた。

男子バレー部の田中があの清水先輩にプロポーズしたらしいぞ!

それは一瞬で学校中に知れ渡った。ただ、あれから七十五日なんてとっくに過ぎていたけれど、噂なんて通り越して当たり前みたいに田中は毎日清水先輩に会うたび告白のようなアピールのような、端から見ればものすごく一方的なものを口にしていた。

「潔子さん!今日も美しいっス!」

そのフレーズ。今日はもう廊下で聞いたし、昨日も聞いたし、一昨日も聞いた。懲りずによくやるなぁと思う。もういいかってならないのかなーって。それが田中のいいとこなんだけど。いや、清水先輩にとってはどうだか知らないけど。

男らしいところあるし、頼れるし、恋愛対象としてなしではないけれど、その辺の女子生徒と田中の恋はまずないか。自分がどうとかじゃなく、学校生活においてガンガン目当たりにする田中の気持ちがね、もう丸出しだからね。

もしも誰かが田中に対してどんなに思いを寄せていたところで、清水先輩が毎日の告白まがいのセリフを断り続けたところで、その矢印がその子に向くのなんて会話をしたりするときの一瞬だけだ。

休み時間に大口を開けて昼寝をする田中の顔に落書きをしようとするクラスメイトと共に笑いながら、最近いつも疲れてるなーなんてのんきに思う。
それにしたって、すっごい顔で寝てる。よだれ垂れそうだし。落書きされたら怒るだろうな、澤村先輩あたりに怒られるって血相変えながら。

「ふがっ!」
「うわ!起きた!」
「んぁ……?」

あと一歩のところで落書きをし損ねた男子が楽しそうに笑いながら慌てて廊下へ逃げていき、田中は眉をひそめてぼけっとしていた。

「あいつらなんで逃げてんだ……?」
「……さー?ていうか田中、最近疲れてんね」
「そーなんだよー、いや〜!困っちゃうよな〜!頼られる先輩はさ〜」

よくわかんないけど、頼られてるらしい。鼻高々に言う田中を見るとあんまり信憑性がないけれど、ノーマルモードの田中がかっこいいのは結構知っている。頼れる存在なのもわかる。

「……あれ、田中って涙ホクロなんかあったっけ?」
「涙ホクロって、スガさんにあるやつ?いや、ねえけど」
「あ、鏡見る?はい。……ね?目の下」
「……なんか黒すぎねぇ?これマジックか……マジックだな!あいつらマジック持ってたよな!?」

……うん。そうね、これ違うわ。ごめん、男子。かっこいいよって、菅原先輩みたいだよって、清水先輩に褒められるかもよって今から言うからまだ帰ってきちゃだめだよ、男子。あ、でもヤバイ。もう予鈴鳴るわ。



20201126 たまご


モドル