ss 和菓子を貰う
※長編夢主。右近衛邸で内縁の妻をしている時の話。
私が居候している屋敷で読書に興じていると、家主が帰参したと家人から声が掛けられた。寝室の襖を開けて廊下に出るとこちらに向かってくるオシュトルと鉢合わせる。明朝のオシュトルも格好いいが夕暮れ仕事帰りに茜色に染まるオシュトルも格好いい。
「オシュトルお帰りなさい」
「今帰った。ナナコ殿、良い子にしてたか?」
元気よく返事をすると、彼は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
私はオシュトルのこの笑顔が好きだ。いつもは真面目な顔か仕事中はきりっとした表情しか見せないから、こういう優しい顔をされると私も嬉しい。
変わったことはなかったかと聞かれていつも通りと答える。脳内では日課となって久しい義妹ネコネちゃんの厳しい行儀作法に奮闘する記憶が蘇るが詳しくは説明しない。私にしては出来た方だ。正座も痺れはしたが最後まで姿勢を正せたしお茶だって適温で入れられた、渋かったけど。
「万事滞りなく今日も万々歳でした」
「だめだめだったと伺ったが?」
鼻高々で言いきる私に反して夫は意地悪だ。事前に聞いていたなら聞かないでほしい。剥れると人の機微に聡い夫はすぐに謝罪の弁を口にする。
「すまぬな、及第点と聞いたのだが澄ました其方を見てるとつい揶揄いたくなってしまった。まだまだ某も……」
「精進が足りぬ、なんて言ったら酷いからね。オシュトルは頑張ってるよ」
帝都の治安に関する職だけでなく押しつけられる雑事難題全部抱え込んでるじゃん。幾つか放っておいても誰も文句言わないのに、民に関わるからと常に速攻片付けてるくせに。オシュトルほどの男が精進足りないって言うなら国中の男をポンコツ扱いしたも同然。謙遜でも誤解を招く発言は慎もうと釘を刺したつもりなのに、オシュトルは嬉しげに目を細め私を見ている。
ややあって、左様かと苦笑する夫にお疲れ様でしたと改めて声を掛ける。互いに苦労なことだと同意する夫が土産に如何と懐から小箱を取り出す。何だろうと見守る間に無骨な手が蓋を開け、色とりどりの綺麗な菓子が現れる。綺麗と感嘆すると綻ぶオシュトルが教えてくれた。上役から甘味好きの方にでもどうぞと差し入れを頂いたそうで好みの物があれば選んでくれと薦められる。
「いいの? ネコネちゃんからじゃなくて」
お子様扱いは別にしても甘い菓子が好物の筈だ。私への労いもかねてだろうが、まずは嫁教育の指南役でもある実妹のネコネちゃんを優先させるべきじゃない、とダメダメ扱いされてる義姉は思うわけですよ。
私の提案にオシュトルは首を振り理由を明かす。
「子供扱いすればネコネは嫌がる。ナナコ殿には大変な苦労を掛けているゆえまずは其方に渡したかった」
気遣いの滲む声に愛されてるなあと実感する。熱のこもる頬を自覚して照れ臭くなり俯き小さく礼を述べた。掌に乗る包みを一つ選び手に取ろうとすればオシュトルの手に止められる。疑問から目線を合わせれば彼は私が選んだ包みを解き現れる求肥をつまむと(淡い桃色が儚くて綺麗だった)あーんと小さく呟いた。実に格好いい美形の一声に時が止まる。
何をしたいか理解して、過去軽率に教えた恋人同士の掛け合いを今更後悔するが時は戻らない。好いてくれる夫の手前恥ずかしいから嫌だと袖にするのも忍びなく、私は辿々しくあーんと口を開けた。放り込まれる甘味は照れに応じるぐらい甘露で美味しい。甘く柔い蕩けるような美味しさに脳が聖廟で作られた絶品と太鼓判を押す。中の餡は果実を煮詰め混ぜたのか、ゼラチン質のぷるぷるした食感が瑞々しくて実にいい、美味だった!
美味しい美味しいと連呼するからか、そんなに上手かったかとオシュトルも嬉しげに綻んでくれた。
もう一ついるか? 食すならどれがいいと尋ねられじゃあこの青と指指せば、早速包みを開けて自分の口に放り込んだ。
私は呆気にとられる。甘いの苦手なのに何食べてるの? 意地悪にしては体張りすぎじゃないと当惑し、食べたの私の分じゃんと苛立った。
それ私のっ! と抗議する声は迫るオシュトルの唇に封じられ自然逃げようとする背は抱きすくめられて唇を離すには至らない。間近で感じる体温と熱のこもる瞳に見つめられ、私は恥ずかしさから見開く瞳をあわてて閉じた。ついでに口端からこじ開けられた口内に彼の舌と甘い何かが押し込まれる。選んだお菓子だ。瑞々しい美味しいさに浸りたいが密着する体と口内を好きにをまさぐられ生じる音に意識が逸れて浸れない。
蕩けるような甘さと同時に舌で蹂躙され息苦しい。甘味が喉奥を過ぎオシュトル手ずから食べさせる目的は果たしたというのに未だ夫殿は口の中を蹂躙するのにご執心だ。
喘ぎ、肩を叩き、遂には取りすがっても辞める気配がない。密着する態勢は夜の情事を連想させ、立ったまま私はオシュトルの気が済むまで口づけに付き合わされる。
「夜まで待とうと思ったのだが……」
「この状態でっ、お預けなんて……正気?」
我慢できるの?とようやく顔を離された私は息も絶え絶えに支えなくては立つことも儘ならず、すがる夫に間近から呼び掛ける。一見澄ました風の夫も考えることは同じのようで口角を上げいいやと言葉を返した。
「このまま閨を共にどうか、奥よ」
「断る理由はないよ。もっとも……」
いつも兄の帰参を待ちぼうける義妹殿が兄の早いお帰りに夕食を共に出来ると胸躍らせているんじゃと思うと、長くなる前提の行為に軽々しく頷くには気が引けて渋ってしまった。だが妹思いの兄は妹への評価が高すぎて心配は要らぬと分かりきった解答を返す。
「聡いネコネの事だ。そういう日もあると受け入れてくれるだろうよ」
明日の行儀見習いの件が苛烈になると私の中で決定した!
まあいいや、聡いネコネちゃんなら夫婦仲が良くて何よりだと溜飲を下げてくれると願っておく。
そっかと指摘はせずお手柔らかにとオシュトルの首に手を回す。よほど嬉しいのか袴の下に隠している尻尾がバフバフと揺れる音がして破顔してしまった。オシュトルも指摘はせず私をお姫様抱っこで抱え寝所奥の方へと足を進める。
明日の件を棚上げして椅子に座らされた私はいそいそオシュトルが布団を敷くのを見て行為の時間が長くなるのを覚悟した。多分明日のネコネちゃんの機嫌は最悪だろう。
「甘味、明日朝一番にあげてくれる?」
そしたら最悪じゃなくて下から数えて三番目程度には改善されるだろうし。私の狙いを察したのか、明日は白楼閣にネコネちゃんを使いに出すからもう少し良くなるだろうと先導される際仲を取り持ってくれた。
良かった、それなら半分程度は改善される。
オシュトル大好きと抱きつけば格好いい偉丈夫は某もお慕いしていると強く抱き締めてくれるから、私は安心して今日もオシュトルの胸の中で笑っていられる。
世は恙なく事も無しとはまさにこの事だ。
風と行く