短編 思い出ごと君を喰べたい


※軽いカニバリズム表現があります。
※長編のイフEDを想定
※前半夢主は一市民。後半夢主は帝妹として聖廟に迎えられています。
※この話に限り名前変換はありません。




 トゥスクル目指してウコン達と旅をしていた時だ。車の窓から外の景色を眺めていると道の外れに群生する花畑を見つけた。色とりどり咲きほこる様に綺麗だなあと目を細めれば、こちらを伺っていたウコンが馬の手綱を引き、休憩しようやと声をかけてきた。
 次の野営地で休むと聞いてたから気を使わなくてもいいと遠慮するが、俺が休みてえだけさねと手近な木に縄を括るのを見ると強くも出れず、花畑の傍で休憩する流れになった。
 車で休むと予想し座布団でも敷こうかと横になる態勢から身を起こすといいから寝てなと促される。ウコンは車の外に出て行き何をするか見ていると、花畑に仰向けに倒れいい天気だなあと目を閉じる。
 気が緩みすぎだよと私は苦笑して、傍によっていいか尋ねると、もちろんだぜ!とウコンは快諾し手招きする。私はなるだけ花を踏まないよう隙間を気をつけて歩きウコンの傍に腰を下ろした。別に何かする気はない。単に近くに居たかっただけだ。
 私が腰を下ろすと、ウコンはよっこいせと無造作に頭を上げて膝に乗せてくる。
 ……無言の間が数秒、ツッコむのが照れくさくて知らんぷりも気恥ずかしい。悪戯っぽく微笑んでいたウコンも多少照れがあるのか、目を閉じてちょっと寝るわと呟き寝入る振りをする。静かな双子が気になり視線をやれば馬車から降りた彼女たちは花を積んでいた。薬草でも探しているのかな?違ってもそれはそれで愛らしくていいと思う。
 周囲に注意を向けると、鳥の声がかしこでさえずり緑の木陰から日がさんさんと指して気持ちがいい。
 のどかで牧歌的な光景に感化されてウコンの頭を撫でた。一見針金みたいな艶やかな髪は触れれば柔らかく押せば簡単に下を向く。
 されるがままのウコンだが目を閉じ起きる気配はない。偉い人を好きにしている悪戯心で楽しくなった私は双子に倣い花を摘んだ。この場に合いそうな好きな曲を口ずさみ手に取る小花をウコンの頭にそっと指す。わあ可愛い、似合わな〜い☆……もちろん口には出さない。
 ガチムチおっさんの妙な姿に達成感を感じて適当にちぎる花でウコンを飾り付けた。赤い花もあるけれどウコンには白や青の寒色がよく似合う。オシュトルは言わずもがな、花畑に身を横たえ花を体に散らせる貴人は絵草紙のいいネタになりそう。オシュトルなら絵になっても風来坊の風体だと場違い感が凄い。ちなみにオシュトルでも私的にはよろしくはない、いつも着ている装束から天に召されそうな雰囲気がある。
 意図せず、風来坊と規律正しい姿を脳内で比較してふふっとにんまりしてしまった。すぐに下から感じる視線にこわごわ見てみる。機嫌でも損ねてしまったかと危ぶむが幸い外れのようだ。何してんだ嬢ちゃん?と分かったうえで尋ねるウコンに私は正直に明かした。ウコンに花を飾り付けたら可愛いかと思って、と。
「で、どうだい? 俺は可愛かったかい?」
 おいたが過ぎると腕を取られひっくり返した男から見下ろされ腹の上に跨(またが)られる。重心は掛けられていない、手加減されている。気遣われているのが見て取れて嬉しかった。
 まだ体のあちこちにくっつく花が視界に入り妙な粗忽さに面白味を感じて言い切った。
「とっても!」
 カミさんが嬉しそうで良かったぜとウコンは苦笑いをして、仕返ししてやると花に手を伸ばし適当に引きちぎった花弁を散らす。花が可哀そうだよと文句をつけるがどの口が言うとウコンは気にも留めない。
 ある程度放って満足したのか、最後に簪で飾り付けてやらんとなと大きな花を耳元に差し込んで、俺だけの別嬪さんと顔を近づけ口をふさいだ。
 ちょっとだけ暴れた。外で日も高いうちから事に至る気はないとの再三の要求は珍しく受け入れられる。十分休ませてもらったしなと自分に言い聞かせるようにウコンは立ち上がり、んじゃ夜続きしようぜと恥ずかしいセリフを吐く。少女趣味なんて無いけれど好き放題散らかしてさよならは気が引けて私は散る花からマシなのを選び袂に放り込んだ。
 飾るのか?と訝しむウコンの差し出された手を取り立ち上がる。幾らかは、余りは押し花にしたい。
「思い出にしたいなって」
「これからだろ、懐かしむにはまだ早いぜ」
 言い様ウコンは私を抱え上げ、驚く私にもっと楽しいもん山と見せてやるから覚悟しろよと機嫌よく馬車に連れ戻した。
 ウコンの見せる物なんて簡単に予想がつく。景色に食べ物、目新しいものなんて存外ないが張り切るウコンを傷つけたくはない。楽しみだけどさ、ウコンの傍にいるのが一番嬉しいと頭を撫でれば俺もとウコンは答えてくれた。嘘はないのか外套に隠れる尻尾もパタパタと揺れて私まで嬉しくなった。
車に戻り早々出立する車内で花を飾り付けた器を揺れの少ない所に置く。余った花は雑紙で包み、手習いの手本にする教本を重石代わりに乗せて楽しいじゃれあいを回想した。床に就き早く押し花できないかなと心待ちにする。

◇◇◇

 懐かしい過去を夢に見た。深夜、馴染んで久しい天蓋を見上げて夢現の脳内で思考する。どうやら寝苦しさから中途半端な所で目が覚めたらしい。室内は暗く時刻を確認すれば自動音声が正確な時を告げてもう一度瞼をつむる。
 帝妹として聖廟に上がり数年がたつ。ウコンと過ごした日々は曖昧な記憶となりおぼろげにしか覚えていない。子供の飯事じみたやり取りが妙にこそばゆく感じられた。ここにあの陽だまりのような光源はない。何もかもが無機質で凍てついている。
 思い出すこともない過去の記憶に何故今更になって……?と首を傾げた。そういえばあの押し花はどこへ行ったのか?
 思考を巡らす脳内にお休みのところ申し訳ありませんと室外から呼び掛けられる。応答すれば火急の件でと言うので入室の許可を出せば二人の衛士が小さな箱と二つの文を持ってきた。
 それは?と説明を求めれば応じる内容に合点がいく。どうりで、懐かしい夢を見たわけだ。

 礼を言い、受け取る文の内容をざっと検(あらた)めて、遺族をねぎらう伝言を頼む。床について翌日そのまま畳の上でというのはある意味羨ましい終幕だが残されたものにとっては堪ったものではない。
 頷いた衛士が辞したところで卓に置かれた箱に近寄った。人一人が入るとはとても思えない小箱の重量を確かめる気にはならない。確かめたところで何が変わるわけでもない。試みれば泣き伏せ何もかもが手につかなくなると簡単に予見できたから。
 あえて箱には触れず近くの椅子を引き腰を落として卓の引き出しを開き、空いた箇所に取り出した紙を置いて筆を滑らす。
 頂いた文には遺言で私に送るとネコネちゃん、かつて義妹として私を迎え入れた才女の確かな筆跡で綴られていた。途中気にかけて頂いた恩義だの忠孝に報いて頂いた礼などとあるが目を引いたのは末尾、遺品の整理を行った際見つけたものを遺骨と送ると書かれていた。
 「殿下の品を隠し持つ不忠を罪と知りながら、兄はこれだけは手放せなかったようです」と所々滲む文を思い返す。
 文を書き終え筆を硯に置き、再度オシュトルの遺言に目を通した。最近のものじゃない、いつ用意したのか死んだ後を考えて準備していたのがかさつく感触から伺えた。
 ……一通り紙面に目を滑らせこれといった文句がないのに落胆する。忠孝と恩義に報いれた素晴らしき生だったと結ぶくせに、先に散る不義理を詫び、夫婦として共に生きる道を貫けず静観に務めるしかなかった己を恥じる文面に憤りに近い感傷を抱いた。恨んでもいいのに結局貴方は自分を責めるのか。
「叶わぬ夢ではありましたが、一時でも御側に在れて幸運でございました。今生は叶わずとも常世で再会が適いましたら、今度こそ夫婦として最後まで連れ添いたと希(こいねが)います。
 いつまでもご息災であらせられますよう、重々ご自愛くださいませ。右近衛大将オシュトル」
  ……並ぶ文面に鼻白んだ。矛盾してる、永の健勝を祈るくせに常世に来いと願うなんて。大衆の目があれば心情など明しもしなかったくせに逝った後でつまびらかにされてもどうしようもないのに。
 やり場のない感情に胸を乱されて、そのくせそうだといいのに、なんて夢想するんだから私は本当にどうしようもない。
 したためた文を雑紙で包み卓に置く。
 箱の中身を調べねばと青く装飾された蓋を開くとそこに骨はなく、塩と化した男だったものの名残が積まれていた。端に添えるように置かれたのは小さな花だ。先ほど見た夢からあの花だとすぐ該当する場面が脳裏に浮かぶ。沢山作ったのに個数が足りないのは、元々出来が悪かったのか年月が過ぎるうちに朽ちたのか理由は分からない。
 置いてくれたのはきっとネコネちゃんだろう。あの子は昔から気配りのできる優しい子だった……
 花に視線を戻す。一つは厚みがあるためか所々変色し花弁が欠けているのがいただけない。反面横に並ぶ小花は見事だった。変色もせず積んだままの形を保てている。後でオシュトルがやり直したのか新たに摘んだのか、今となっては誰にも知る由はない。
「一緒に死んでくれると言ったのに、嘘つきっ……」
 誰に聞かせるでもない呟きが虚空に消えて失笑する。噓つきは私の方だ。身分を立場をひた隠しこんな状況になっても動きもしないからこうなった。今更一市民だったころの約束を蒸し返されてもオシュトルの方が困ると胸中で説くが、すでに果てた事実を思い返せばやはり自嘲しか浮かばない。

 生じる自責の念に蓋をして、オシュトルだったものの欠片を摘まむ。オシュトルは望まないと察しても離れたくない気持ちが勝った。
 仮面の宿命で散ったオシュトルの名残を口に含んだ。塩気しか感じないのがまた笑えた。
 思い出毎喰らえば二度と離れないと血迷っても塩の塊なんざ早々食えたものじゃない。塩分の取り過ぎで死ねば醜聞になる。なので少しずつ、正気の間に喰らおうと吹き出る涙を拭った。
 拭き損ねた雫が袖をしとどに濡らしたところで、卓の引き出しを開けて裁縫道具を取り出す。軽く指先を傷つけて箱の内部に血を垂らした。どれが骨かもわからないがこの身が朽ちても混ざりあった血は二度と別たれない。浮かぶ考えに病んでるなあと自嘲してこれまた何とはなしに呟いた。
「せめて来世は一緒だといいよね」
 希望的観測で出来もしない妄想だ。神として迎えられたからには神として死ぬしかない。

 箱からオシュトルだったものを半分取り出し手近な箱に移した。花は慰めに頂こうと二つ取り、持って来てくれた箱に封をして外の護衛に呼び掛ける。遺言とはいえ身内に遺骨が残らないのは可哀そうだ。
 心得た衛士は早速人を呼び、ややあって見覚えのある衛士が急ぎやってきた。誰かまではもう覚えていない。
 目線が合うと衛士は膝をつき、この度はと弔問を言いかけるのに手をやり制止する。それは遺族である学士殿に言うべきだと。
 謝意を表明した部下は、殿下も遺族でございますと窘める言葉をかけてきた。口をはさむ物言いに呆気にとられる。オシュトルに親しい者かと目を凝らすと、私が屋敷にいたときに見かけた顔に酷似していてオシュトルの側近だったと目を見張った。主を想い進言してくれたらしい。聖廟付きになったのか、右近衛府からわざわざ出向いたのかは知らないがいい部下だ。そしてオシュトルも残された者にとって良き上司だったのだろう、沈む表情にオシュトルの人となりを重ね見る。
 万感の思いに蓋をして、主思いの衛士に礼を言い半分貰ったからいいと申し出を辞退する。何か言いたそうな衛士は疑問を提示する方が不敬と改めたのか、特段何も告げず箱はどこでしょうと催促してきた。入室を不敬と感じたのだろう、意を汲み私は持ってくると転身し卓の上の箱を抱え上げた。
 ……失敗した、誰かに頼むべきだった。あまりにも軽い重量に見なくなって久しい男の笑顔を脳裏に描(えが)いてしまう。
 優しい男だった。最後までオシュトルは優しいままだった。それに比べて何と私の酷薄なことか、帝妹が聞いて呆れる。自嘲すると途端夫だった者の言葉が耳をかすめる。
 市井にいたとき、私が卑下する言葉を吐けば夫は必ず諫め説き伏せた。
「己を下に見るのは良くないぞ、其方は努力している。下を向くな、努力は裏切らぬ。いずれ糧となる日まで前だけ見ればよい」
 慰める言葉を掛けてくれた夫の声を二度と聞くことはできない。そしてこの記憶も時と共に忘れていくのだろう、帝と同じように……
 今更生じる胸の痛みに目を瞑り、耐える。


 卓に箱を置き袖で頬を拭い認(したた)めた文を乗せ、手にした箱を外に運び出す。未だ膝をつく衛士に遺族に届けるよう重々頼み去る背を見送った。
 文の内容は私が死んだら一緒に埋葬してほしいとの一点のみ。上層部が承服する確率は五分五分でも、真面目な学士は元義姉の願いを叶えようと奮闘してくれるだろう。そもそも送る文の要望を叶えるのはネコネちゃんじゃない。彼女の孫かひ孫か、そう遠くない未来がいいなと遠のく箱を見送るが、望みが叶う日なんて早々来ないのを私は経験から知っている。

 部屋に戻り鍵を閉めおぼつかない足取りで卓に近寄る。涙を零す私に反し箱の中の夫は静かだ。未来永劫ずっとこうなんだろう、それでも夫がこの世にいた名残を確かめたくて箱の外角を撫でる。冷たい。
 それでもいい、夫はまだここにいる。オシュトルは名残を残してくれた。これからも大事に食べていこう。
 魂は常世に旅立ち待ってくれる保証がどこにもなくても、塩基化合物に変貌し最早オシュトルを構成する要素が欠片もないと察しても、過去そうだった物体が傍にいてくれるだけで嬉しかった……嬉しいと思うしかない。
 大丈夫、私には子供もいる。義理の兄の帝もいる。心を開いてくれた者たちに暖かく迎えられた現状は喪失の痛みを徐々に癒してくれる筈だ……それが何より辛いのだが。
 憤りやら過去の後悔やら、忠義に準じる生き様を称えたくせに喪失に戦慄(わなな)き嘆く己の何とも言えない感情を私は全部放り投げて沈黙に徹する夫に呼びかけた。
 聞こえるとは思わない、単に話しかけたくなっただけだ。
「これからはずっと一緒だよ?」
 了承が欲しくて付けた疑問符に当然応答はない。いいさ、ずっと一緒なら、と私は悲しみを飲み込み再度蓋を開けて夫だったものを摘まみ舐めとる。生前のだだ甘さは欠片もなく塩気しか感じないのに辟易した。夫は辛党でも私は甘党だ。死んでまで辛党を貫くなんて酷い、砂糖だと良かったのにとぶすくれるがそれでは美味しく食べてしまい長い間残らないと思い直す。塩で良かった。いや良かったも何もないのだがと言い訳をして夫の名残に触れる。やっぱり冷たい、前はあんなに熱かったのにと生じる涙をまた拭った。こんなんで無難に生を全うできるんだろうかと嘆息するがオシュトルが一緒なら大丈夫と自分に言い聞かせる……もう居ないと胸中で叫ぶ声は無視して夫だったものを撫でる。
 オシュトルは口にこそしなかったが撫でられるのが好きだったなあと付随する出来事を思い出し、一人くつくつ笑みを零した。 楽しくはない、むしろ虚しい。笑っていないと耐えられなかった。今も私は喪失の痛みに狼狽えている。

 塩の塊を撫でながら、私の正気が持つまで一緒にいてねと囁いても(すでに正気じゃないのは自覚している)、箱の中から返事がかえってくる事はついにない。





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風と行く