15年。
それは人間にとっては長く、
彼にとってはあっという間の時間だった。

平安時代の何時頃であったか、
瑠璃丸という刀は古備前友成によって生み出された。
後に御物、国宝とされる刀の弟刀として生まれてきたのだ。
兄刀に猫可愛がりされながら瑠璃丸は付喪神として立派に育った。
源家へと献上されたことや、妖退治の共をしたこと、
他の付喪神と戯れたことは良い思い出である。

時は彼等がぼんやりしている間にも流れに流れ、
気付けば瑠璃丸は米国のとある伯爵家の宝刀になっていた。
ついこの間まで妖が跋扈する都にいたというのに
時代の流れというのは恐ろしいものだと彼は再確認する。
最初は慣れない言語に戸惑っていたものの、
家の者の目を盗んでご子息とご令嬢の子供向け教科書で学ばせてもらった。
覚えるのは大変だったが、良い退屈しのぎになると同時に
皆の言葉の意味が理解できるのが何よりも嬉しかった。
伯爵家の血族も使用人達も、自分の姿が見えないのは些か残念ではあったが。
この世に生まれ落ちたばかりの頃はちゃんと見えていて
にこにこ笑いながら手を伸ばしてきたというのに
七つを過ぎたら見えなくなったらしい。
人間とは面倒な生き物だと肩に止まる相棒に言うと
同意するように小さく鳴いた。

それから何年経っただろう。
何代目かの伯爵のご子息、彼だけは七つを過ぎても瑠璃丸を視認していたのだ。
これには本刃も大層驚いた。
最後に人と話したのは果たして何百年前だったか。
今まで出来なかった分を補うかのように
瑠璃丸はご子息と沢山話をした。
彼も未知なる存在との出会いに目を輝かせる。


「ルリはニホンからきたの?」

「そうですよ。」

「ねぇ!ニホンの話を聞かせてよ!」


日本のことを聞かれた瑠璃丸は
自分の今までの経験を沢山、沢山語った。
平安時代のこと、他の付喪神のこと、今までの主のこと。
語りだしたら限りがない。
瑠璃丸が語って主人が笑いながら聞く。
そんな関係がずっと続くのだと、それが当たり前だと思っていたのに。

彼は冷たい土の中に埋まっている。
伯爵も夫人も、使用人も、皆が土の中だ。
骨の一欠片の集まりが同じ場所に埋まっている。

大崩落と呼ばれる現象が起きて三日目のことであった。
異界の未知なる存在によって屋敷は人諸共崩れ去った。
伯爵夫婦と使用人は瓦礫に押し潰され、
たった一人のご子息は


「…ルリ…にげ、て…」


瑠璃丸の目の前で異界人に引き裂かれた。
肉を裂く音、骨が折れる音は聞き慣れている筈なのに
その時はどうしようもなく気持ち悪かった。
ぼたぼたと垂れてきた血が広がる。
異界人の目に瑠璃丸は映らないらしく、
夢中で主人を貪り続けていた。


「あるじさま…」


助けたいのに、目の前の憎い敵を切り捨てたいのに、
ただの付喪神でしかない自分の手は
足元に転がっている本体すら掴めない。
透けた身体で必死に縋り付いても意味を成さない。
彼が零す涙すら受け止められずすり抜ける。
そんな役立たずな自分が何よりも憎かった。

今までで一番大きな悲鳴が上がった。
そして彼は。

べしゃり。

息絶えた彼の身体が投げ出される。
顔も胴体も手足も殆ど残っていない。
肉の一部と骨は辛うじて残ってはいた。
最早誰だか分からない、ただの肉と骨の欠片の集まりだ。
気付けば異界人はいなくなっていて
瑠璃丸は一人ぼっちになっていた。
ふらりと主人だったものに歩み寄る。


「あるじさま…」


地に横になり、遺骨に頬を寄せる。
そして瑠璃丸は目を閉じた。




刀身に愛を込めて

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