その半透明の存在は、物心ついた頃から私の背後にあった。ただそこにいるだけだった美しい彼女は、いつの間にか、金属の形を変える力を持つようになっていた。
金属が形を変える様は、まるで高温の炉で溶かされたようで。私が願えば、私の望みに近い形を作ってくれる。両親が仕事で忙しい時も、彼女だけはいつもそばにいてくれた。
ギリシャ神話に、ヘスティアという炉の女神がいる。
少しおこがましい気はしたけれど、物言わぬ彼女をヘスティアと名付けた。
*
「俺はジョセフ・ジョースターの孫だ。大学に金属を操るスタンド使いが居るというのは、そいつから聞いていた。同じ学科の奴だとは思わなかったが」
「ああ!ジョースターさんの!」
「俺もお前と同じ、スタンド使いだ。スタンドの名は星の白金…近距離パワー型のスタンドだ」
さっさと帰宅するつもりでいたが、予定変更。空条くんから話を聞くために、近所のカフェに来た。空条くんのスタンドは筋骨隆々で、いかにも力持ちといった風貌だ。
「じじいから、俺のことは聞いてなかったのか」
「うーん…日本に孫がいるって話は聞いたことがあったような…」
ジョースターさんと出会ったばかりの頃、私と同い年の孫が日本にいるのだと言っていたことを思い出す。
「ジョースターさんと最後に連絡をとったのは、たしか1月か2月で…その時は大学の合格発表もされてなかったから、聞いてないと思う」
「そうか」
私が知りたかった話はたった数分で終わってしまい、沈黙が流れる。空条くんの話を聞きたいと頼んだのは私だけれど、わざわざカフェに来てまで話すことはなかったのかもしれない。
沈黙に耐えきれなくなった私は、思い付く限りのお喋りを始めた。
「く、空条くんのおばあちゃんと私のおばあちゃんが仲良しでね、それがきっかけでジョースターさんと出会ったの。だから、おばあちゃんが大学進学の話したのかも」
「そうか」
「あっ、空条くん日本出身なんだよね!私のお母さん日本人でね、和食とか、教えてもらったんだ。一人暮らしし始めてからはあんまり作ってないけど」
「…得意なのか?」
見切り発車で話し始めたけれど、和食の話は思っていたより好感触で、そっと息を吐く。
「得意って程でもないけど…お母さんが仕事で忙しい時とか、夕ご飯に作ってたの。一人暮らしし始めてからはあんまり作ってないけど…」
「一人暮らしだからって適当な飯食ってると、また立ちくらみでドアノブ歪めるぞ」
「ぐっ…!で、でも、実家暮らしの頃から立ちくらみはなってたし…!病院に行ったこともあるけど、赤血球の溶血が早いとかなんとか…」
医療に詳しくないのでよく分からなかったが、赤血球の寿命が短すぎることで貧血になっている、というような話をされた。
「…原因、そのスタンドじゃあねーのか」
「え」
「赤血球ってのは、鉄を多く含んでる。鉄が足りてねえと貧血になる程だ。てめーのスタンド…体内の赤血球も形を変えられるんじゃあねえか?」
最近の食生活はあまり褒められたものではない自覚はある。忙しさを言い訳に、ジャンクフードなどで食事を済ませることが多かった。食生活を変えても貧血は起こるのだし、どうでもいいかと考え始めたのはいつだったか。
「赤血球の形がおかしいせいで、溶血が起こっている可能性もあるだろう」
今まで考えた事の無かった意見を聞いて、喉が締め付けられたように声が出なくなった。空条くんの意見は、確かに一理ある。私のスタンドが鉄を操るというのなら、私の血液を操ることができる可能性も確かに考えられる。だけど。
「…ヘスティアは、私の女神様なの。」
絞り出した言葉は口調が強くなってしまって、気まずさに彼から目を逸らした。
「…ずっと一緒に居てくれたんだよ、そんなことする筈ない。きっと、私がそういう体質なだけだよ 」
私の女神がそんなことをするなんて、信じたくなかった。空条くんは可能性の話をしただけだと分かっているけれど、ヘスティアのせいだと言われると、つい腹が立ってしまったのだ。