ミニマムハートサイド

 1

「もうあんたなんか知らない!!」
「ッ!」
最後に一度、俺の肩を殴りつけて、ヒナちゃんは部屋から飛び出して行ってしまった。


「・・・あーあ・・・またやってるよ、ヒナってば・・・」
怒声か、もしくは乱暴なドアの音か。どちらかに気づいたらしいシノが、呆れた顔で部屋の中に入ってきた。
 そして苦笑しながら俺の背中をとんとんと叩く。
「気にしない方がいいよ。癇癪起こすのはヒナのクセだから」
「クセ?」
「というか珍しいよね、君が八つ当たられるの」
「・・・うーん・・・」
思いっきり殴られたもんなぁ・・・。全然なんともないけど・・・。
 だけど問題はそこじゃなくて。
「なんで怒られたのか分かんない」
「そんなもんだよヒナのあれは」
「私何か変なことしたかな?」
「あれ、ラク結構真面目に動揺してるんだ?」
・・・おっとホントだ。口調がうっかり。
 慌てて口を押えて、改めて今日の会話を思い出してみる。うーん・・・記憶力は良い方だと思うんだけどなぁ。
 それなのに何度思い返しても、機嫌を損ねた切っ掛けがちっとも思い当たらなくて。
「どうしよう・・・今日の晩御飯のリクエスト、まだ聞いてないのに・・・」
「そこなのっ!?」
「だってヒナちゃん、嫌いなメニュー出ると食べないし」
これ結構重要だよ?俺なんかは2、3日絶食しても平気な自信あるけど、ヒナはあんなに柔らかくて細っこいんだから。それにせっかく飢えとか知らないんだし、できればそういう嫌な思いはしてほしくない。
 俺が真剣に悩んでたら、シノが額を押さえて盛大にため息を吐いた。
「はあ・・・ラクはどこまでもお人好しだね・・・」
・・・ほっとけやい。



 それから丸一日、ヒナは帰ってこなかった。・・・でも誰も探しに行かないんだ。俺普っ通ーに驚いたんだけど。ほんとにいつものことなんだなコレ。

「ただいまぁ〜」
もういいかげん夕飯の準備しないとダメだな、と思っていたら、ヒナちゃんが帰ってきた。
「おう」
「お帰り」
「おかえりー!」
扉の方を見るでもなく、リビングに集まったみんながそれぞれ声だけ掛けてる。えっと、俺どうしよう。
 ・・・あ。
「ねえラクちょっと聞いてよー、今日ミツキちゃんに会っちゃって」
「う、ん・・・?」
あれ普通?めっちゃいつも通り・・・うん?いつの間に仲直りした?ていうか、そもそも原因すらも謎なんだけど。
「やっぱり女の子はいいわねぇ、久々にウィンドウショッピングして楽しかったわ」
えっ。・・・えっ!?
「ず、ずるい・・・!」
何それ呼んでよ!しかもヒナちゃんがこんな時間まで外にいたってことは、ミツキちゃんとランチもティータイムもやったに決まってる!
「私もミツキちゃんと遊びたいのにッ!」
「ラク、ラク、口調」
「そんな場合じゃないよ!」
だって今日は今日しかないのに!ここには明日の朝までしかいないのに!
「次呼んでくれなかったら怒るからね!私だって怒るんだからね!」
「・・・ふふ」
「何笑ってんの!」
「だってラク、もう怒ってるし。・・・ラクが私に、こういう個人的なことで怒ったのは初めてね」
「・・・え?」
あれ?
「私が何やってても、あんただけいっつもおとなしかったものね?でもいいのよ。私結構くだらないことで怒るんだから。言い返したって、怒ったって、殴り返したっていいの」
「いや、殴り返すのはちょっと」
「遠慮なんかいらないのよ。・・・家族なんだから」
・・・かぞく。
 笑って言われて、なぜだか目の前がゆらっとした。なんでだろう。みんなと暮らすようになって、私は涙腺が崩壊気味だ。ちょっと困る。
「・・・じゃあ、今日の晩御飯クラムチャウダーにする」
「いやよ!貝は苦手なの!」
「だってヒナちゃんずるいから」
「何ですってぇ!?」


 そっか。家族って、そういうのなんだ。
 言いたいこと言って、でも笑って許せて、喧嘩してもあんまり意味なくて、自由で、あったかくて、最終的に行き着く場所。
 そういえば最初の家族もそうだった気がする。・・・遠のき過ぎて忘れてた。

「ヒナちゃんたちと居ると、いろんなこと思い出すなあ・・・」
こうやって言い争うのも、幸せの一部なんだね。


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