第四章

 35.

***

意識は、まず床に寝そべっている自身の体制を感じ取った。
なぜ床で寝ているのか。それを考える間もなく、自分の腰に誰かの腕が乗っているその重さに気付いた。
どうやら、誰かに抱きしめられるように眠っていたらしい。
誰。一体誰が。
恐る恐る、ゆっくりと頭を動かし、その相手を見る。

「……」

正直、予想だにしない人物だった。
しかし、どこか安心してしまうのは何故だろう。
重い上体を起こし、その相手の名を呼んだ。

「みつみつ、起きて。みつみつ」

ゆさゆさと彼女の身体を揺するが、何故か目を覚まさない。
困ったな……と思いつつ、ゆのは辺りを見渡した。
脳が、覚醒する。

「え…………」

散らかった食べ物。割れた大皿。こぼれたワイン。ずり下がったテーブルクロス。壊れた花瓶。花びら。したたる水。床を埋めつくす、人。人。人。人。

「……」

脳に血が巡れば巡るほど、目の前の惨状を理解していく。
ゆのは思わず、そばで眠るミツキの腕を掴んだ。
自分はたしか、ミツキと共にドレスを着て、このパーティ会場にやって来た。疲れるし、変な男たちに声を掛けられるし、あまり良い思いはしなかったが、彼女と二人で話が出来たのはとても楽しくて、良い時間だった。それが、今。どうして。

「あ……!」

ミツキ、そして自身のドレスを見て気がつく。
首から下げていたトレーナーカードが、無くなっている。

「どうして……」

胸下にあったはずのトレーナーカードをさぐり、手は空を切った。
たかがトレーナーカード。されどトレーナーカード。
こんなにも訳の分からない状況下で、トレーナーカードが無いだなんて。

「……」

トレーナーカードは、全てのポケモントレーナーに与えられるカード。
自分がポケモントレーナーであるという証。
身分証明。
それは自分自身が、そのポケモンを所持する者であるということを証明するカードである。

「……」

それが無い今、船内に連れて来た新、黎明、絆優はともかく、このままではヒウンのパソコンで預けた彼等を、自分自身の元に呼び出すことさえ、出来ない。

「むっくん……」

胸元で空を切った両手を、指を絡めて合わせる。
落ち着け。落ち着くのだ。
自分は他の女の子より、少しだけ、少しだけれど、物事を冷静に、自分のペースで考えられる。そういう人間のはずだ。

「……」

祈るような姿で、ゆのは独り、ゆっくりと思考をめぐらせた。

***


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