第一章

 3.

カクタス号の先頭近く、三階デッキの上。
ここは本パーティのメインイベントである、バトルトーナメントの会場、観覧席である。

「ねーえ、そこの君ー!」

少し強い海風の音に紛れて聞こえてきた、のんびりとした声。
その後にとんとんと肩を叩かれ、呼ばれたのは自分だったか、と思いながら、陽はくるりと振り返った。
そこには自分より少し背の高い、一人の青年が立っていた。

「君、後ろの方でおっきな声出してたでしょー。おれたち結構前の方にいたけど、それでも聞こえてきたんだよー」

萌葱色の髪とボーダーのマフラー揺らし、青年はにこにこと微笑んで言った。
目立つ髪色や特徴的な服装を見る限り、彼も自分と同じポケモンだろう。
頭上の赤いゴーグルに反射した太陽の光が、とてもまぶしい。

「おう、そうか。で、俺に何の様だ?」

「落とし物だよー。はい、どうぞ」

すっと差し出された手には、これから行われるバトルトーナメントのエントリーチケットが握られていた。
つい先刻ミツキから、預かっておいて、と渡されたパンフレットの中に挟まっていたはずのものだ。

「うわっ、まじかよ! すげー大事なやつじゃん!」

「うん。飛ばされなくって、良かったねー」

「ああ、ミツキに怒られるところだったぜ! ありがとう!」

「あはは、どういたしましてー!」

けたけたと笑った後、青年はふと、首を傾げて言った。

「ミツキって、君のパートナー?」

「ああ、そうだぜ」

「どこにいるの?」

見たところ、陽の周囲にミツキらしき人物は見当たらない。
基本的にトレーナーとそのパートナーであるポケモンは、互いにその傍から離れたりしない。
特にこの様な不特定多数のポケモントレーナーが密集している場所では、尚更だ。
それを言えば青年自身も他人の事は言えないのだが、陽はそれに気を留めず、全く別のことを考えていた。

「えーっと……船の端っこらへん、かな。多分」

「船の、端っこ?」

陽の曖昧な答えに、青年は更にその首を傾げた。

「何してるの?」

「えー……、うーん、ナイショ!」

「ええー! ケチ!」

「あはは、ごめんごめん」

「ちぇー。ま、いっかー」

ぷくりと頬を膨らませる青年に対し、陽は笑いながら頭を掻いた。
そんな陽の様子に青年もそれ以上の詮索はせず、ひらりと片手を振り踵を返した。

「じゃあ、まったねー!」

「おう、じゃあなー」

船上を駆ける風向きが変わった。
空高く掲げられた色とりどりの船旗が、ぱたぱたと音を立てた。

「…………またね?」

陽がそう呟いたときには、もう、青年の姿は見えなくなっていた。


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