第四章

 42.

***

時刻は同じく二十二時。その気配はまず微量な超音波を発していた新が気付いた。

「陽、こっち」

甲板上の艤装(ぎそう)の陰に隠れながら、小声で陽を呼び寄せる。
陽が傍に行き、新の視線の先を追う。
見張っていた船橋の向こう側――――『ツッカ様の船』から、元締が現れようとしている。

「来るよ。陽、準備はいい?」

「ああ。いつでも来い」

雲は少ない。しかし、月は小さく暗かった。
船を薄く包み込むような生温かい風が、二匹の鼻腔を掠めた。

「……!!」

そしてついに、その男は現れた。
少し日焼けした肌に、年齢相応の皺。およそ六十歳手前程だろうか。白髪交じりの髪と髭はワックスで丁寧に整えられており、意外にも紳士的な雰囲気が漂う。
黒縁の洒落た眼鏡を掛け、此処からその瞳を臨むことは出来ない。
傍には護衛だろうか、付き添いの団員も幾人か見受けられる。

「いくよ、陽!」

「ああ!」

掛け声と共に、艤装の陰から二匹が飛び出す。そして。

「とんでけえぇーーーー!!」

新の掛け声が暗闇に響く。刹那、黒い獣が宙を舞い、ロケット団幹部――ツッカの頭上へと飛び掛かった。
獣の鋭利な爪が男に襲い掛かる。
しかし。

「うわっ!!」

その攻撃は防がれ、陽は数十メートル程吹き飛ばされる。
それとほぼ同時に、辺りに粉塵が勢いよく舞い上がった。
フライゴンの新が起こした、砂嵐である。

「くそっ、奇襲なんて……!! ミルホッグ、戻ってこい!!」

「ええい! 見張りの連中は何をやっているんだ!?」

「ツッカ様、一旦お下がりください!!」

しかし男は下がること無く、粉塵の先を見つめていた。
程なくして砂埃が晴れた。その先には。

「ええ!?」

「そんな……!?」

「お、俺のミルホッグ……?」

目の前に現れたのは、二匹のミルホッグ。
一匹は、先程ツッカへの奇襲を防いだ一匹。では、もう一匹は……?
しかもその団員の手持ちポケモンである筈の一匹も、何故かこちらに牙を向けている。

「ミルホッグどうしたんだ!? 言うことを聞け!!」

「ふっふーん、残念でしたー! その子は今、おれの超音波で混乱中だよー!」

陽気な声と共に現れた、高身長の青年。
新は人型の姿をとり、団員等の前に姿を現した。
付き添いの団員があれやこれやと騒ぐ中、ツッカは黙ったまま、新の言葉の続きを待っていた。

「オジサンたちの作戦、残念ながら失敗だよー。最初はびっくりしたけどね!」

にこにこと、流暢に言葉を紡いでいく。

「でももう大丈夫! だっておれたち、この船にいたオジサン達の仲間、もうぜぇーんぶ倒しちゃったもんね! それにこの船の船長さんや船員さん達はもう目を覚ましていて、海上ケーサツの人には連絡ずみ! オジサン達、もたもたしてるとタイホされちゃうんだから!」

それを聞いて動揺を隠せないロケット団員に、新は更なる追い打ちを掛ける。

「あっ、ちなみに船に仕掛けられてたバクダンね? アレはもうちゃっちゃちゃーっと取って海に捨てちゃったから。今さら爆破しても、海がばっしゃーん!ってなるだけなの! ふふふ! ざーんねーんでーしたー!」

両手を元気に広げて説明する姿は、まるで喜劇の演者の様であった。
ただ残念ながらこの新が話したことは全て、盛大なハッタリである。――――ただ偶然にも海上警察に連絡したことだけは、現在のところ事実ではあるが。
ロケット団の幹部であるツッカを脅し足止めをすることで、爆破までの時間を遅らせることが狙いだ。
そう易々とこの嘘を切り抜けられては困る。

「へへーん。それじゃ行っくよー!」

新はその場でバック転して宙に跳び、フライゴンの姿に変化した。
それが合図かのように、二匹のミルホッグがロケット団に飛び掛かる。

「くそっ! ドガース行け!」

団員の一人が咄嗟に繰り出したドガースにより、ミルホッグ二匹の攻撃は妨げられる。
直後、新が追い風を起こしミルホッグ二匹の体制を立て直す。
ロケット団等も負けてはいない。他の団員も続けてゴルバット、ラッタ、ベトベターを繰り出す。
ロケット団員の反撃が来ると、新と陽が身構えた。
その時である。

「双方待てえ!!!!」

どこからそんな大声が出てきたのか。
音の元を辿れば、そこには今まで沈黙を守っていたロケット団幹部、ツッカの姿が在った。

「よくもそんな苦しい嘘八百、つらつらと言えたもんだな。感心する」

鼻で嗤うツッカ。
新はごくりと唾を飲んだ。

「俺の仲間が全部やられた? 笑わせるな。今の戦闘、二匹でしかも相手のポケモン一匹手玉にとってやっと相打ちときた。結構な大所帯でこっちは臨んだんだ。そう簡単にやられる程、俺の部下はヤワじゃねえ」

二歩、三歩とツッカは進み寄る。

「まあ、どっかから爆破の情報を聞きつけて時間稼ぎでもしに来たんだろう。だが生憎だな。俺達の計画はお前等が思ってる程、簡単じゃねえのさ」

言い終わると同時に、ツッカは手元のモンスターボールを甲板に投げた。
中から出てきたのは、何故か通常より巨大な体躯を持った、サザンドラだった。
気が付くと、甲板の上は一面がロケット団員とそのポケモン達で埋め尽くされていた。背後は勿論、左右も囲まれてしまっている。いつの間にか、傍にいたミルホッグの混乱も溶けてしまっている。

しまった、と陽は思った。
先程のツッカの言葉も、半分はハッタリであり、時間稼ぎだったのだ。
最初の一言二言はともかく、後半は恐らくこちらの動向をみて言葉を選んでいったのだろう。その間に仲間を呼んだのだ。
そして、今に至る。

「さあ、仕上げといこうか」

ツッカが右手を高々と挙げた。
その時である。

「うおらああああっ!!!!!!」

突如、雄叫びと共に空から降り注いだ『何か』。
大きさは陽や新の身体と同等か……否、それ以上の大きさをしていた。
それをもろに直撃されたサザンドラは倒れ、しばらく動かなくなった。

「な、何だ!?」

ロケット団が悲鳴を上げる。先の『何か』を皮切りにもたらされたのは、暗い空から放たれる細かな空撃だった。
どこから飛んでくるのか分からない狙撃に、彼等は成す術もない。
ロケット団が混乱の渦に苛まれる中、サザンドラの上から降って来た『何か』は、ゆっくりと新、そして陽の方へ振り返ると、にやりとした笑みを浮かべて言った。

「よう。待たせたな、新!」

その声を聞き、新は思わず、感激の声を漏らした。

「む、む、夢来〜〜〜〜っ!!」



第四章 了


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