「やあ、おはよう。いきなりで悪いんだが、今日はちょっとややこしいことがあってな。紅茶を入れるから座ってくれ」
「ここ最近は静かだったのに、どうしたの?」
「ちょっとややこしい奴がここに来る。多分あんたは知らないだろうが…旅人と呼ばれている者らしい」
その旅人の詳細が載った資料を手渡され、ぱらりぱらりとめくっていく。ざっと目を通した感じでは普通の人間、と言った感じだが。罪状もまあ、なくはない。特別珍しいものでもなさそうだ。
「へえ。ただの旅人なら特に問題はないんじゃない?」
「ところがだ。そいつはフォンテーヌ人じゃあないどころかどの国にも籍を置いていないらしい。精霊みたいなもんも連れてるらしくてな…ソイツも一緒に来るらしい。更に厄介だ」
「それはそれは…忙しくなりそうね」
「ああ。特別な立場だから俺が直接出ることが増えそうな上、恐らく闘技場にも行くだろうから、あんたの仕事も増えるだろうな」
「ああ、それで私に朝一番に私を呼んで、こうして話をしてるってわけね」
紅茶を淹れ終わった彼は、カップを丁寧に机の上に置いて、私の座り込んでいる椅子の後ろへと向かう。そして、出入り口が開かないように調整した後に執務室の扉の鍵をかける。後ろから私の肩へ手を添えると、目を細め、私の耳の近くで囁く。
「それだけじゃないがな。まずあんたの顔を一番に見たかったんだ。昨日あんなに情熱的に口説いたってのに、少しくらいは意識してくれると思っていたんだが…思ったよりも落ち着いてるみたいで少し残念だ」
「そんなこと思ってもないくせに。…というか、それくらいわかるでしょ」
「俺が思っているよりも、あんたは男慣れしてるってことか。妬けるな」
軽くあしらうと、やれやれと肩をすくめて彼はわざとらしく残念だ、と言ってみせる。本音を言うと、彼の言った通りである。今まで意識したことのない目線で彼を意識している。だから、彼が執務室の鍵をかけた時も、耳元で囁いた時も、彼は見ていなかっただけで、本当はかなり動揺していた。彼の今まで隠していた面を見てしまって、すぐにでも執務室から逃げ出したかった。
けれどそれに気付かれてはいけない。だって私はまだ、彼を愛してはいない。
紅茶を飲みながら、まだ、なんて言っている時点で、もう彼に惑わされていることを自覚して、嫌になった。