彼は私を気に入っている

仕事の為に、水の下へ赴く。
エレベーターに乗り、入り口で受付を済ませる。この手順にもすっかり慣れたものだ。
更に下へと進むエレベーターに乗り、ここにいるほとんどの人間が気軽にくぐるのことのないである部屋のドアをくぐる。

「どうも、公爵」
「…おいおい、リゼン。いつものことだが他人行儀だな。長い付き合いだってのに」
「…ただの出張医が公爵様に気軽に接するわけにはいかないでしょう?わかって下さい」
「看護師長はそんなことないがな」
「彼女は特別でしょう。私はあくまで出張医ですから」
「それでも2人きりの時くらい気軽に接してくれてもいいんじゃないか?なあ、リゼン」

彼のこちらを真っ直ぐ見つめてくる目に居心地の悪さを感じる。一度決めたら譲らないという彼…リオセスリの性格を、私はよく知っている。
仕方なく革張りの椅子に腰を下ろし、足を組んで深く腰掛ける。きっとこのフォンテーヌでここまで不遜な態度を取れる人間は自分くらいだろう。

「はあ、しつこいな…ほんと」
「で、今回はどのくらい駐在するんだ?」
「書類には2日って書いてあったけど?最近は大きな怪我や事件もないって聞いたのになんで呼んだの」
「まあ、そうだな……たまにはゆっくり紅茶でも飲みながら水の上の話でも聞かせてくれよ。特別いい茶葉を仕入れたんだ」

仕事の話をしていたのに、口の端を上げるだけの笑みを浮かべる雑談を始める彼に、思わずため息が漏れる。自分も小さいとはいえ医院を構えている身だと言うのに、こうも高頻度で出張していては、半ば常駐しているようなものだ。

「あなたねぇ…それが目的で出張医として呼び出してるの?私が必要な案件が起きた時だけ呼んでって言ってるでしょ、シグウィンもいるんだから…」
「そんなこと言わないでくれよ。あんたがいると暇しないんだ。ずっと水の下で座って書類と向き合うってのは、まあ慣れたが…なかなか暇なもんだぜ」

リオセスリは肩を竦めて、困ったような顔をするが口元は笑ったまま。どうせそんなことは思っていないくせに。
紅茶を淹れ始める彼を見て、何度目かの呆れを含んだ溜め息を吐く。緩慢な動きで腕を組み彼を見据える。

「そんなの私じゃなくてもいいじゃない。あなた人脈広いんだから、たくさんいるでしょう」
「あんたがいいんだ。なんならここに常駐してくれたっていいんだぜ。前々から言ってるだろう?なあ、リゼン。わかってるだろう」

そう、理解し難い事に、このメロピデ要塞の監獄長であり、公爵である彼は私を気に入っている。

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