結局、零君は何度も名前を呼んでも何も答えてくれなかった。だからきっと、それが答えで。
彼は零君じゃなくて、数時間前に会った零君によく似た見知らぬ、誰か。
ううん、もしかしたら本当は零君なのかもしれない。彼もさっきまでの風見さん達と同じように私を知らない、忘れてしまっているのかもしれない。
だから何も答えてくれないのかも。彼が本当は零君で公安に属しているならきっと、見知らぬ人に自分のことを喋ったりなんてしない。
「……どう、しよう…」
自分を守るように体を抱きしながら、小さく縮こまる。
どうしよう、どうして。一体何が起こっているの?私、どうしたらいいの?私はちゃんと知っているのに、皆覚えているのに、私が知っている人は皆私を知らない。
さっきまではそんなのただの悪い冗談だと思っていた。だけど。よく考えてみれば、零君や風見さんがそんな悪い冗談を言うだろうか?
ううん、きっと言わない。
これが夢なら、いいのに。
そう思って頬を抓る。すぐに感じたくなかった鈍い痛みを感じる。
「………夢、じゃない…」
涙が溢れてくる。抓った頬が痛い。そう言えば、零君に会いたい気持ちが大きくて忘れていたけど撃たれた体の痛みも徐々に思い出して来た。
痛い、痛い。体が、心が堪らなく痛い。
自分の身に何が起こったかはまだ分からない。だけど一つだけ分かるのは、
「私………一人ぼっちになっちゃったの…?」
膝の上で固く握りしめた手の上に、ぽたりと大粒の涙が零れて。一瞬の間を置いて、涙が落ちた手に大きい手が重なった。
「………、?」
涙が止まらない顔を上げて横を見る。そこにあったのは、困ったように笑っているの零君の顔だった。
「………僕がいます」
「…え?」
「きっと…あの日、僕があなたを見つけたのには何か意味があると思うんです」
「…意味…?」
ぽかん、と口を開けて見上げている私の顔はきっと間抜けな顔をしているんだと思う。
彼は仕方なさそうに笑いながら、手を伸ばして頬に伝った涙を指で拭ってくれる。
そういえば、よく零君も。同じようなことしてくれたっけ。
私が泣くと困ったように、仕方なさそうに笑いながら涙を拭ってくれた。
顔も、声も。仕草も、私の零君と一緒。
あぁ、やっぱり。私が零君を間違える、なんてあるわけない。
「僕が、います。だから……もう泣かないで」
重ねられた大きな手を、キュと、少しだけ力を込めて握り返した。
こぼれおちてゆく群青
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