本当は、君のその姿を隣で見たかったと言ったら、どんな顔をするだろうか。

彼女、彼女たちから、結婚式の招待状が届いたのは今から二ヶ月前のこと。
組織が壊滅してから、一ヶ月が経った頃のことだった。

「名前、今大丈夫か?」

少しだけ無理をして時間を作り、彼女の結婚式に合わせて、日本へとやって来た。
本当は来るつもりなどなかった。俺じゃない、他の男のものになる名前の姿など見たくもなかった。
だけどほんの少しだけ、淡い期待をこめて日本までやってきてしまった。もしかしたら最後に、彼女がもう一度俺に手を伸ばしてくれるかもしれない、なんて。

俺がまだ彼女を想っているように彼女も本当は、なんて。

「!赤井さんっ?」

そんな少し驚いた名前の声と共に、控え室の扉が勢いよく開いた。
中から出てきたのは純白のウエディングドレスを身に纏った名前。姿を目にした瞬間、その姿が美しすぎて心を奪われた。

「赤井、さん?」
「ふっ。俺以外の誰に見えるっていうんだ?」
「だって、アメリカじゃ?ジョディさんもどうしても外せない仕事があるって」

招待状を送ってきたくせに。ただ純粋に俺がここにいる事に、驚いた顔をするだけ名前に少しだけモヤっとするがそれを表に出すことはしない。

どうしても名前に会いたかった、なんて思っていることも、悟られたくなかった。

「あぁ、まぁ…少し、無理をしたってところだ」
「え?」
「それよりも中には入れてくれないのか?」

その言葉に入口を塞いでいた名前が体を横にずらして、部屋の中へと招き入れてくれる。

「!あはは、びっくりしてつい。ごめんなさい」

部屋の中へと入り、窓際まで足を進める。部屋の扉が閉まった音が聞こえると、部屋の中には俺と彼女の二人きり。
窓に薄っすらと、彼女の姿が映っていた。

「少し…」
「え?」
「少し、驚いた。まさか…組織を壊滅させてこんなすぐにお前と降谷君が結婚するとは思わなかった」

本当に驚いた。まさか、日本でまた名前に出会うなんて。
まさか、降谷君の恋人になっていたなんて。

俺以外の誰かと、愛し合っているなんて思ってもいなかった。別れを切り出したのは、自分の方からだったというのに。

「それ、皆に言われたわ。まだ、後始末とか色々バタバタしてるものね。でも、零君凄く律儀だから。約束守ってくれたの」
「約束?」
「ふふ。零君が全部終わって無事に帰ってきたら、私を零君のお嫁さんにしてほしい、って」
「……そうか、そうだったんだな」

後ろを振り向けなかった。降谷君のことを喋る名前の声は楽しそうで、幸せそうで。
きっとその顔は降谷君を想って、幸せな表情をしているのだろう。そんな名前をどんな顔をして、見ればいいのか分からなかった。

「でも私もまさかこんなに早く約束叶えてくれるなんて思ってもなかったんだけどね。零君、本当に忙しかったから」
「きっと彼も、早くお前と一緒になりたかったんだろう。彼はお前のことになると多少の無茶も厭わないからな」
「…あんまり無茶ばっかだと、いつ倒れるんじゃないかって、心臓がもたないけどね」

少し照れたような名前の声音に、胸がツキリと痛む。

もしも、あの時。
組織に潜入する時に別れを選んでいなかったら、例え危険な目に合わせることがあったとしても傍で彼女を守ると言えたのなら、その隣に居るのは俺だったのだろうか?

「………愛されているな、降谷君は」

もう過ぎたことなのに、どうしても彼女が隣に居る未来を思わずにはいられなくて。
彼女に愛されて、彼女を愛せる降谷君が羨ましかった。

後ろを振り返る。幸せだけを見に纏った今の名前は俺が知る彼女の中で一番、綺麗だ。

「綺麗だ。ウェディングドレスよく似合っている」
「っっ」

俺がそう褒めれば顔が赤く染まり、照れ臭そうに笑う。
だけど俺に向けられるその笑みは降谷君を想って浮かべたり、彼だけに見せるものとは違う。彼女が親しい者へ向ける、友愛がこもった笑みだ。

「あ、赤井さんに褒められると、何だか照れますね」
「仕方ない、本当のことなんだからな」
「ふふ、ありがとうございます」
「………もし、」

もし今、好きだと、愛していると告げたら名前はどんな顔をするだろうか。
降谷君と結婚なんてして欲しくないと抱き締めたら、彼女は立ち止まってくれるのだろうか。

「赤井さん?」
「いや…一つ聞いてもいいか?」
「?うん、何?」
「名前今、幸せか?」
「えぇ、とっても!」

そんな淡い期待も無邪気に即答されて消え去ってしまう。分かっていた事だが、もう既に彼女にとって俺という存在は過去のもので降谷君と名前の間に入り込める隙などある筈もない。

「そうか…そうか。なあ、」
「もー、まだ何かあるの?」

彼女をここから奪い去って逃げることも出来ないなら、彼女に送れる言葉はきっと、ただ一つ。

「結婚、おめでとう」

その言葉に返された名前の笑顔は、俺が一度も見たことがないくらいの、幸せに溢れた笑顔だった。

俺は君のヒーローじゃなかったけれど、君は誰かのヒロインだった


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2016.10.08
ALICE+