「ケット・シー。キミ、最近しょっちゅうさんの部屋に潜り込んでるらしいですね?」
リーブは珍しく完全オフの休日だった。
自室のソファの端に腰かけ、ちびちびとコーヒーを啜りながらぼうっと新聞を捲るリーブは、ソファの反対側に座ってテレビのチャンネルを弄る黒猫に声をかけた。
「はあ、そうですけど。」
「さんは私の恋人ですよ」
「ボクかってリーブみたいなモンやし、別にええやんか」
「ダメです」
「何でですの」
「ダメなものはダメです」
恋人同士になってしばらくして、リーブはと同棲をはじめた。もちろん、ケット・シーも一緒だ。リーブは四六時中べったりで構わない、と思っていたがお互い仕事のために生活リズムがずれる事もある。
互いに配慮した結果、個室を設けることになった。
もちろん、そういう気分のときはどちらかの寝室で一緒に寝るし、何も問題はないように思っていたのだが、しかし。
ここ最近リーブが仕事で遅くなることが多かった。
あまりに遅いときには先に眠っているよう、には常日頃伝えている。そんな時、主人がいないのを良いことに、ケット・シーはのベッドに潜り込むと、あまつさえぎゅうっ抱き締められて一緒に寝ているのだ。
リーブはそれが羨ましくてたまらなかった。
「何やそれ?独り占めしたいんやったらそう言ったらええやんか」
「…そうですよ、それが何か?」
本音を白状したリーブに、ケット・シーは気に入らなさげに表情を歪めると、主人に身体を向けて思い切ったように吐き出した。
「……そんなら言わしてもらいますけど、ボクかってさんのことが好きなんや。さんもボクのこと好きやって言うてくれはるし、一緒に寝るくらい別にええやん?本体だからって、そんな偉そうに恋人ヅラせんといてほしいわ」
「なっ…!?」
「そんなに羨ましいなら、アンタかてさんに毎日一緒に寝たいんですーて言うてみたらええやんか。ボクはちゃんと、一緒に寝てええ?って聞いて、さんがええよって言うてくれはるからそうしとるんや!アンタに文句言われる筋合い、ありますか!?」
「な、何やて!?」
もの凄い勢いで捲し立てると、フン!と鼻を鳴らしてそっぽを向くケット・シー。
リーブは分身の思わぬ反乱に、動揺して言葉を乱す。
「…言うとくけど、キミがさんのこと好きなんは私の気持ちがコピーされとるからやで!?元々私がさんのこと好きやから、キミはさんが好きなだけやろ!」
「はあ?!アカンわぁ、リーブはん、それは言うたらアカンことやで!どっちが先とか、順番がそんなに大事ですの?」
「めちゃめちゃ重要やろ!!」
「ねー!ちょっと、うるさいんですけど」
「「さん!!」」
段々とヒートアップしていく男と猫の諍いに、抗議の声を上げたのは勝手に渦中の人物にされているだ。交戦中だった二人は、その姿を見るや途端に声を萎める。
「い、いつからそこに…」
「き、聞いてはったん?」
「さんは私の恋人ですよ、あたりから」
((ほとんど最初からやん…))
醜い争いがほぼ筒抜けだったと分かり、二人は気まずさに肩を縮こまらせる。
両手を腰に当て、二人の正面に仁王立ちするは、ふんと鼻息を鳴らすと呆れ顔で男達に問うた。
「ねえ、何でケンカになっちゃうの?自分同士なのに」
「それはそうなんですが…」
「それはそうなんやけど…」
セリフが被り、思わず顔を見合わせるリーブとケット・シー。互いに眉間に皺を寄せて睨み合う様は、間に火花が見えるようだった。
しかし、黒猫のぬいぐるみ(しかも自分の分身だ)とバチバチと睨み合う三十路男の姿はなかなかに滑稽で、は堪えきれず噴出してしまう。
「「笑いごとやない!」」
「ご、ごめ…ぶ、ふふっ」
すっかりツボに入ってしまったは、肩をぷるぷると震わせながら腹を抱えて悶絶している。いつまで経っても笑いが収まらないの姿を、ぽかんと口を開けて見守る一人と一匹。手持無沙汰でいる間に、先ほどまでの自分達の醜い嫉妬の応酬を思い出し、羞恥を募らせる。
「ケット・シー、さっきはちょっと言い過ぎました…謝ります」
「ボクかて、調子に乗っておかしなこと言うてしもて、すんまへんでした」
気まずい空気を払拭するため、互いに非を認めあう男と猫。
笑いすぎて涙さえ浮かばせていたは、目尻を指で拭いながら、いまだひいひい言っている。
「あ、あれ?いつの間にか仲直りした?」
「ええ、さんのおかげで」
「ホンマ、さんにはかなわんな」
「そう?よくわかんないけど、良かった」
自分を巡る無益な争いが終結したようだと知り、ふう、と息を吐いたの呼吸は幾分か整ったようだった。安心した笑顔を見せるに、リーブとケット・シーがつられて笑う。
「ねえ、私いいこと思いついたんだけど」
悪戯っぽい笑顔を浮かべると、ソファに座るケット・シーをひょいと抱き上げる。
空いた手では、ソファの中央に移動するようジェスチャーでリーブに指示をする。
ケット・シーを両手で自身の胸にぎゅっと抱き締めると、そのままリーブの膝の上にちょこんと腰かける。
「こうすればいいんじゃないかな?」
首を捻ってすぐ真後ろになったリーブの顔を覗き込むと、自信満々といった様子で言う。ケット・シーはすっかり脱力して大好きな彼女に身体を預けていて、その姿はまるで本物の猫のようだ。
「天才ですね」
恋人のあまりに可愛らしい発想に頬を緩めながら、リーブはくちづけを落とした。
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