神羅ビル63階、都市開発部門統括オフィス。
その長である男は、他よりも広く取られた自身のワークスペースの一角にしゃがみ込み、がそごそと何かを探している最中だった。
そこに、部下である一人の女性社員が近付く。
「リーブ統括。神羅建設から統括宛てに郵便物なんですが…」
「ああ、はい。ええと…そこの空いているところに置いていって下さい。」
きょろきょろと自身の回りを見渡しながら言うリーブのデスクは、いつもながら大量の書類に溢れ、お世辞にもきれいとは言えない状態だった。
部下の女性――は、失礼します、と律儀に小さく一礼してから、デスクの向こうからぐるりと回ってワークスペースの内部に入ると、その僅かな空きスペースに封筒を置いた。
「…統括、整理される時は言って下さいね。お手伝いしますから」
「はは…ぜひお願いします…」
暗に汚いと指摘され、苦笑するしかないリーブ。しかし、統括の多忙さをよく知る彼女の言葉に棘はなく、純粋に上司を案ずるがゆえ発せられたと分かるそれに悪い気はしなかった。
用事が済んだらしいはすぐに立ち去るかと思われたが、意外にも再び声をかけてくる。
「先ほどから何か探されてるようですが…?」
「過去の図面でデータベース上で発見出来ないものがあって…」
「紙媒体なんですか?」
「はい、以前ファイリングした記憶があるんですけど、中々見つからないんですよね」
「ではお手伝いします」
「え?しかし…」
「午前のタスクは片付いてますから。何の図面ですか?」
断っても無駄、というように、ファイルが並ぶ棚の前で腰を屈めるを見て、リーブはその厚意に甘えることにした。
リーブがかがんで作業していたためもそれに倣い、二人で並んで棚に膝を向ける形になる。しばしの間、紙を捲る音だけが静かに響く。
以前から綺麗な子だなと思ってはいたが、それに加えて、至近距離で感じるはほんのりと甘い花のような香りがした。石鹸によるものか、それとも彼女自身から滲む匂いか。ついそんなことを考えてしまったリーブは、自身の気持ち悪さに若干引いた。
膝の上に広げたファイルを棚に戻すほんの一瞬、の折り曲がった膝がタイトスカートの裾から覗く。その肌色はさらにリーブの心をざわつかせたが、知る由もないは黙々と新たなファイルを開いている。
真剣なその横顔に、やましい感情を必死で押し殺しながら捜索を続けるリーブ。
その時、腰を上げたがぽろりと零す。
「…いいにおい」
「え?」
「あっ!?す、すみません、その、統括の髪から匂いが…」
声に出すつもりじゃ、と慌てて弁明する。
ちょうど中腰になったの顔は、リーブの頭のすぐ上にあった。
「そんなに匂いキツかったですか…!?」
「ち、違います!そうじゃなくて、良い匂いだなって思って、私つい」
加齢臭だろうか、とショックを受けかけたリーブだが、どうやら違ったらしい。
言いながらどんどん顔を赤くするは、それを隠すよう必死に両手で顔を覆っている。見ているこちらが申し訳ない気分になり、フォローするつもりがつい口を滑らせてしまった。
「そんな、さんのほうがずっといい匂いですよ!」
「えっ」
「あっ」
しまった。これではまるであなたの匂いをこっそり嗅いでいましたと自白しているようなものだ。(事実なので否定のしようもないが)
すっかり耳まで赤くなってしまったは、口をぱくぱくさせて固まっている。
大分気持ち悪いことを言った自覚があるリーブには、とりあえず謝罪する以外の選択肢が浮かばない。
「その…すみません…言葉のあやというか…」
「わ、わかってますから、言わなくていいです!」
怒られてしまった。しかしどうして、手でぱたぱたと顔を仰ぐは、それほど不快そうに見えないのは思い違いだろうか。リーブは調子に乗って、つい余計な事を言ってしまう。
「いい匂いなのは、本当ですけど…」
「い、言わなくていいですってば!」
「すみません」
「もう…」
どうやら揶揄われたと判断したらしいは、口を尖らせて顔を背ける。その様子がどうにも可愛らしく、リーブの頬が堪えきれず緩む。
「笑ってないで、書類探し、続けますよ!」
「そうでした」
どうやら本気で疎まれている訳ではないらしい、と判断したリーブは、どうにかにやけるのを抑えながら、書類棚に向かって本来の目的を再開する。
「さん」
「はい」
「これが終わったら、ランチでもどうですか?お詫びに奢ります」
「…お詫びじゃなくて、お礼だったらいいですよ」
ちらりとこちらを見たは、目が合うと、恥ずかしいのかすぐに前を向いてしまう。いまだ頬を赤く染めながら答える横顔があまりにも可愛らしくて、リーブは表情筋を必死に制しながら、ランチも良いがこのまま隣でこうしているのも悪くないな、等と考えていた。
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