ロケット村で鉢合わせた神羅とひと悶着起こした一同は、結果として村で保管されていた小型飛行艇『タイニーブロンコ』を手に入れ、元神羅宇宙開発部門のパイロットであるシドを仲間に迎えていた。

目的のタイニーブロンコを強奪されたルーファウスはそれは大変な怒りようで、端正な顔立ちを激情に赤く染め、怒号を放つ様子はまさしく“カンカン”という表現がぴたりと当てはまるようだった。


「あんな社長初めて見た…」

「えらい怒ってはったなあ」

「私、いたのばれてないよね?」

「クラウド達を追いかけるのに必死だったし、大丈夫じゃない?」


タイニーブロンコは元々が乗れて四人程度という小型の飛行艇だ。それが強奪する際に神羅軍による攻撃を受けたことで海へと墜落。なんとかニブルヘイムの沿岸まで辿り着いた、とクラウドから連絡を受けたのが半日程前のことだ。

ロケット村から神羅軍が引いていくのを隠れて見守っていた達は、クラウド、バレット、ヴィンセント、そしてシドという男ばかりの面子を乗せて飛び去ってしまったその艇と合流するため、再びニブルヘイムを目指している最中だった。


「クラウドももうちょいバランス考えろよ!ってカンジじゃない?!」


億劫そうに列の最後尾を歩くユフィが声を荒げる。確かに、殺伐としたニブル山を女四人と動物二匹、というファンシーなパーティが進んで行く様は、どうにも珍妙な光景だった。


「まあまあ、戦力的には申し分ないし大丈夫だよ。『てきよけ』マテリアもちゃんと持ってるでしょ?」

「そういうことじゃないんだよー」


諫めるティファに、なおも釈然としない様子のユフィの姿がなんだかおかしくてつい吹き出す
最大レベルまで成長した『てきよけ』マテリアの効果は絶大で、行きは随分と苦労したモンスターたちがまるで近寄って来なかった。一行がさながら遠足のような雰囲気でスムーズに歩を進めていると、おもむろに列の先頭に踊り出たエアリスが、満面の笑みをたたえて言った。


「ねえ、せっかくだし、女子だけでしかできない話、したい!」


残りのメンバーが思わず顔を見合わせる。ティファが困ったように苦笑を浮かべる中、それに元気よく便乗したのはユフィだった。


「いいじゃん!恋バナってこと!?」

「お嬢さんら、恋バナて」

「もう、エアリス、ユフィもこんなところで…」


あまり乗り気でないらしいティファとケット・シーが突っ込むが、エアリス達は気に留める様子もない。にやにやと楽しげなエアリスは、すでにターゲットを定めている様子だった。


の話、聞きたいな〜」

「わ、私?」

「それ、私も気になるな…。向こうに恋人とか、いなかったの?」

「ティファまで!?」

「あのタークスの赤いのとかハゲは?」

「いやいや無理無理それはない」


自分に振られる心配はないと判断したのか、さっきまで敬遠気味だったティファまでもが急激に食いついてくる。ユフィに至っては見当違いの探りを入れてくるものだから、はジェスチャーを交えて全力でそれを否定した。
途端に色めきだしたガールズトークを前に、所在無さげなケット・シーとレッドXIIIは最後尾でとぼとぼと歩を進めている。


「じゃあツォンは?」

「なんで神羅前提なの?!」

「じゃあ神羅以外にいるの?」

「いや、それは…」

「やっぱり社内にいるんだー!」

「そうなの!?」

「う、いや、それは、その…」


ばつが悪そうに口ごもるに誘導尋問でもするかのように、エアリス達は口々に質問をぶつけている。
それを見て、気が気がでないのはケット・シー―――もとい、彼ごしにその様子を盗み見ているリーブだった。


(なんやこの状況…)


社内で勤務中のリーブは、自身のオフィスで複数のモニターに向かい、顔の前で手を交差させ神妙な顔でそれらを睨んでいる。そのように、周囲の部下には見えているはずだった。実際には、ケット・シー越しに聞こえてくる会話の内容を聞き取ることに全神経を注いでいる真っ最中なのだが。


さんの恋バナ…気になる…しかし聞きたいような聞きたくないような)


興味なさげに後ろをついてくるケット・シーの向こうで、悶々とした男に盗み聞かれているとは知る由もない女性陣は、なおもガールズトークを加速させていく。


「恋人は本当にいなかったの?」

「いないよ!いたら今ここにいないし…」

「それもそうだね。じゃあ、好きな人は?」

「好きな、人…」


ふいにが言葉を詰まらせる様子に、リーブの緊張が高まる。
長い逡巡の後、がついに言葉を発した。


「……好きな人は、いた。」


思わずガタン、と椅子を鳴らすリーブ。
突如もの凄い勢いで立ち上がった上司に、すぐ傍に控えていた秘書がびくりと肩を揺らす。


「と、統括?どうかされましたか?」

「あ、いや、すまない。なんでもないんだ。」

「はあ…」

「少し、水分補給してくる」


これ以上平静を保っていられる自信がなかったリーブは、オフィスを抜け出しそそくさとトイレの個室へと逃げ込んだ。
その間もケット・シーの向こうの会話は進んでいく。


「いた?過去形?」

「…うん。だって、多分、嫌われてるから」

「なんでわかるの?」

「それは……都市開発部門の人、だから。タークスなんて、嫌だと思う」

「あ…なるほど」


プレートの件を思ったのか、ティファが気まずそうに俯く。
だが、エアリスはなおも掘り下げる。


「その人は知ってるの?その…」

「うん、知ってる」

「じゃあ、が直接やったわけじゃないってことも知ってる?」

「それは、たぶん…そう、だけど」

「まだ好きなんだ?」

「………うん」

「会いたい?」

「…うん。でも私の顔なんて、きっと…」

「それ、ちゃんと聞いたの?」

「…聞いてない。プレート落ちたあと、話してない」

「じゃあ、聞いてみなきゃわかんないよ」

「そう、かな…」


リーブはトイレの個室で頭を抱えていた。
今まさに、ケット・シーの向こうで繰り広げられる会話は、リーブにとって衝撃の連続だった。
には神羅に好きな男がいる。それは、まあ有り得る話だ。
それは、都市開発部門の人間。
神羅がプレートを落とした事を知っている。
プレートが落ちた後、話していない。
心当たりがありすぎた。
まさか、いや、これは。そういうことなのか?
ハッキリさせたい。だがそれをこんな風に、盗み聞きで知ろうとしている浅ましき自分への嫌悪と罪悪感、しかしこの自惚れを受け入れたいという感情とが渦巻き、独り悶えるリーブ。


「ねえ、どんな人?イケメン?」


思いがけず神妙になった空気に、それを読んでか読まずか横やりを入れたのはユフィだった。最年少らしく、なんだか間延びした問いかけに、の翳り始めた表情が幾分明るさを取り戻す。


「私はすごくかっこいいと思ってるけど、イケメン…イケメンかと言われると、うーん…」

「何歳?」

「えっと、34…35になったのかな」

「えっ、オッサンじゃん!?」

「お、オッサンじゃない!」

「35はオッサンだよ!」

「オッサンじゃないってば!お兄さ…いや、違うかな?でもオッサンじゃないの!」


とユフィの低レベルな応酬に、ティファとエアリスが堪えきれず吹き出す。ティファはくすくす笑いながら、じゃあバレットもおっさんだね、などと珍しく毒づいている。
笑いすぎてはあはあと肩で息をしているエアリスは、腕で腹のあたりを押さえながら、なおも問い詰める。


「どんなところが好き?」

「優しい…ってもう、何で私ばっかり話さなきゃいけないのー!」


この話は終わり!と顔を赤くしたは口を尖らせながら、すたすたと先を行ってしまう。あはは、と声を上げながらそれを追うティファたちは一様に、これまでになく楽しそうな笑顔を浮かべていた。

彼女たちの背中を少し離れて見ていた二匹に言葉はない。レッドXIIIがいかにも退屈そうに欠伸をしている横で、ケット・シーは主人に意思を送る。


(聞いてはりました?良かったやん、両想いやで)

(………茶化さないでください)


リーブはというと、年齢が挙がったことでほぼ確定してしまった事実をどう受け止めればいいか分からず、なおもトイレの個室で悶々と頭を抱えていた。


- - - -


一方、一行の先頭を歩くとユフィ。


の好きな奴ってさ、神羅なんだろ」

「またその話?」

「このままだと敵同士じゃん」

「…まあ、そうだね」

「攫っちゃえば?」

「は??」

「ソイツが神羅じゃなくなればまた会えるでしょ?」

「…ユフィ、天才?」


そんなことは不可能だと分かっている。だが、恐らく自分を元気付けようとしているらしいこの少女の気持ちが嬉しくて、はあえておどけて答えた。

しかし、リーブを抱き上げ颯爽と神羅ビルから連れ出してみせる自分の姿を想像すると、満更でもないな、と口の端を上げるのだった。



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