「ヒューマギアが人間に愛情を持てるかどうか?」

「うん。雷電はどう思う?」


技術畑の人間のくせに、我ながら馬鹿みたいなことを言っている、と思った。
飛電インテリジェンス宇宙開発センターの運用管制室のスタッフとして働くは、メンテナンスのため地上に帰還していた宇宙飛行士ヒューマギア・宇宙野郎雷電に問いかけた。


「何でそんなこと聞く」

「過去のカタログを見てたら父親型ヒューマギアっていうのがあってさ。やたらイケメンだったから、一緒にいてドキドキしたり、好きになっちゃうお母さんが出そうだなあって思って」

「ドキドキ、ねえ」

「人間の男なんていらないーってなる人はいると思う」

「ふうん。俺にはよくわからねえな」


点検を終えた雷電は、さして興味もなさそうに相槌を打つ。
の言葉は建前だった。
ヒューマギアに恋をする人間はいる。だって、私がそうだ。




衛星ゼアの運用管制室からモニタリングする彼らは、遠巻きには普通の人間と変わらない。だが、酸素ボンベを背負うことなく宇宙空間で活動する姿は、確かに彼らが人間ではないことの証左だった。

宇宙開発の分野ではヒューマギアの活躍が顕著だ。
生身の人間であればわずかなトラブルが生命の危機に直結する現場だが、ヒューマギアであればそのリスクを大幅に軽減できる。

宇宙服を着用しているのは、宇宙空間での放射線の影響による万が一の誤作動を防ぐのが目的。だがそれも短時間であれば、身体ひとつでその無重力の暗闇に投げ出されたとしても、死ぬことはない。


彼らは思考する機械だ。次々と新しい情報をラーニングし、衛星ゼアに蓄えられた膨大なデータを元に、常に最適解を導き出す。テクニカルな分野で言えば、既に人間を超えている個体も数多く存在するだろう。

外見にしてもそうだ。
ラーニングした表情筋の動き、所作、その声音に至るまで、各個体に割り振られた役割に応じて最適な動作を検索し、再現している。
それは、彼らに心がないからこそなせる業に他ならない。


けれど、彼は違う。

カミナリ落としてやる、が口癖の彼は良く怒る。ヒューマギアに怒りの感情は存在しないはずなのに。気に入らないことがあれば表情を歪め、嬉しいことがあれば屈託なく笑う。

後継機――雷電は弟と称しているが――である昴を見ているとその違いは明らかだった。
ロールアウトから間もない昴は、まだまだラーニング量が足りない。技術的な部分もそうだが、表情や口調も機械的で、それと比べると雷電はまるで本物の人間にように見えるのだ。

雷電は、間違いなくシンギュラリティに到達している。

自分だけの心を手に入れた機械。
その心は、人間のそれとどう違うのだろう。




退屈そうに衛星ゼアへの帰還時間を待つ雷電の横顔は、頭部のモジュールさえなければ人間のそれと変わらなく見える。
ふと、技術的な検証も含め、試してみたい事が頭に浮かぶ。
こちらの問いかけを雑に流された事への、ちょっとした仕返しの側面もあった。


「雷電、ちょっとかがんで」

「ん?」


何か耳打ちでもされると思ったのか、少し膝を曲げると首を捻って顔を近付けてくる。
そんな彼の肩に手を置き、その唇に、そっと触れるだけのキスをした。


「…どう?なにか感じる?」


キュイン、キュイン、と雷電のモジュールが思考する音が聞こえる。
彼自身の表情はといえば、何が起きたかわからないという風にも見えるし、何も感じていないようにも見える。ただ、いつもよりもほんの少しだけ、瞳が大きく見開かれているような気がした。気のせいかもしれないが。


「……いや、悪い。よくわからねえ」

「…そっか。そうだよね。今の映像データ消去しといて」


当然だ。ヒューマギアに、キスされた時にする反応、なんて情報が入力されているはずがない。
勝手に気まずくなった私は、なるべく平静を装って彼に背を向けた。勢いでやってしまった行動への羞恥がみるみるうちに湧き上がる。顔が上気するのを感じ、一刻も早く逃げ出したくなった。扉に向かって足を踏み出そうとした、その時。


、待てよ」


後ろから、雷電に腕を掴まれる。強い力ではないが、振り返るまで離すつもりはない。そんな様子だった。
俯きながら、恐る恐る身体を向ける。赤くなった顔を、その瞳のカメラに捉えられたくはなかった。


「心拍、体温の上昇を確認。顔も上気している。こういう反応をするモンなんだな」

「やめてよ…」

「ドキドキ、ラーニングしたぜ」


そう言うと雷電は、片手をの頬に沿え、その唇に自身のそれを押し当てた。
先ほどの触れるだけのそれとは違い、より強く触れ合った彼の唇は、柔らかなシリコンでできた表面のその下に固い金属の存在を感じさせる。
それは紛れもなく、機械の体。

数秒にも数分にも感じられる時間の後、彼はを解放した。
雷電は自身の口元に軽く手を触れて、しばし逡巡すると、形の良い唇を動かす。


「ドキドキはしない。ま、心臓がねえからな」

「………」

「だが、悪い気もしねえ」


ニヤリ、と意味深な笑みを浮かべる雷電。
彼が笑った理由が、まるで分からなかった。身体が動かないを見下ろす雷電は、なんだか面白いものを見るような目をしている。
ヒューマギアが、人間を揶揄ってる?
そんなこと、あるはずが。


「時間だ。またな」


頭部のモジュールが音を鳴らし、雷電に出立の時を知らせる。
彼は一方的に別れの挨拶を述べると、じゃあな、と片手を上げるジェスチャーをしながら部屋を出ていった。


「何なの……!」


静寂が訪れた室内では、今にも破裂しそうにばくばくと鼓動する心臓の音だけが、の耳に響き続けた。



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