“デイブレイク”――飛電インテリジェンス、ZAIAエンタープライズをはじめとする複数のAIテクノロジー企業による合同プロジェクト、通信衛星アークの打ち上げが達成されるはずだったその日から、8年。

飛電は自社の技術のみでプロジェクトを継続し、ついに後継機となる通信衛星ゼアを完成させた。

ゼアの打ち上げを約一ヶ月後に控えた飛電宇宙開発センターでは、念願叶うその瞬間のために誰もが慌ただしく、しかし溌剌とその準備に奔走していた。




センターの運用管制室のスタッフとして働くは、ラボでの定期メンテナンスを終えた雷電に声をかける。


「ゼアの打ち上げ日、決まりましたね」

「ああ、ようやくだ」


それを長く誰よりも心待ちにしていたであろうその人は、目を細め感慨深げな表情を描く。

宇宙飛行士型ヒューマギア・宇宙野郎雷電は、元々かつての計画で打ち上げられるはずだった衛星の管理を目的に開発された機体だ。
だがそれが失敗に終わった後、数年間のスリープを経て再起動した彼は、すっかりこのセンターで新人教育の鬼と化していたのだった。

もまた、彼の指導を受けた一人だ。

緊張感のある厳格な教育のためか、通常の個体よりもかなり激情的に調整されているらしい雷電は、怒るとそれは恐ろしかった。
しかし彼の指導は的確で、人間のように感情的に怒鳴ることも、理由なく否定するようなことも絶対にしない。
面倒見も良く一部の男性職員からはアニキと慕われる彼を、もまた慕っていた。

ただし、男同士のそれよりもずっと甘酸っぱい感情だが。


「管理用のヒューマギアももうすぐ新型がロールアウトするって聞きました」

「俺の後継だな。どんな奴か楽しみだ」

「…雷電さんは、どうなるんですか?」

「ん?どうって何だよ」

「ええと…」


具体的に言葉にすると、それが現実になりそうで不安だった。
言葉を詰まらせるの様子を見た雷電は、その不安の一つを見事言い当ててみせた。


「なんだ、俺が不要品扱いになるんじゃねえかって心配してんのか?」


その言葉に、心臓がどきりとする。

デイブレイクを奇跡的に生き延びた(生き延びたという表現が正しいかはわからないが)彼は、所謂旧世代型のヒューマギアだ。製造からは既に10年近く経過しているはず。
ヒューマギアの耐用年数を考えれば今すぐに、ということは無いだろうが、最新のOSとメモリを備えた後継機が登場すれば、スペックで劣る雷電がいつ不要と判断されるか分からない。


「安心しろ。是之助社長からは、これまでどおり新人教育と後継機のサポートをしてやれって言われてるよ」


だが、それは杞憂だったと分かり、ほっと肩の力が抜ける。


「露骨に安心した顔してんじゃねえよ」

「す、すみません」


思いのほか表情も弛んでいたらしく、その様子がおかしいのかくつくつと笑いを零す雷電。
だが、その笑顔と反比例するように、は自身の心が翳るのを感じた。


「…雷電さんも、ソラに?」

「ああ。ま、当然だな」

「……そう、ですよね」


もうひとつの懸念は、杞憂となってはくれなかった。

頭では分かっていたことだ。
ゼアが打ち上がれば、その管理のために彼らは宇宙へと上がる。それが彼らの存在理由なのだから当然だ。
しかしそれは、今こうして隣で語らう彼が手の届かない所へ、あまりにも遠い場所へと行ってしまうという事。
途端に実体を得たその未来を思い、胸が締め付けられる。


「なんつー顔してんだ」

「え?」

「俺に会えなくなるのがそんなに寂しいかよ?」


困ったように片眉を寄せ、苦笑を浮かべての顔を覗き込む雷電。
図星を突かれたのが恥ずかしくて、慌てて下を向いた。
今すぐに自分の顔を見る手段は無いが、どうやら『雷電に会えなくなるのが寂しくて堪らない』と言うような顔をしていたらしい。


「…なあ、


雷電はがりがりと頭をかきながら、その頭部のモジュールを思考させている。


「お前にそんな顔されるとな。よく分かんねえが、変な感じなんだよ。だから泣くな」

「…泣いてませんが」


今はまだ、ぎりぎり。
顔を見ることはできないが、キュイン、キュインと最適解を模索し続ける旧型モジュールの音を聞けば、彼を困らせている、ということは容易に想像がついた。
だが、顔を見ると本当に泣いてしまいそうで、自分でもどうしたらいいかわからなくなってしまう。

俯いたまま動じないを前に、ふむ、と小さく息を吐いた雷電は、思わぬ行動に出た。


「こんな感じか?」

「え?」


肩を引かれたかと思うと、ごつん、と額に硬いものが当たる。
視界は見覚えのあるオレンジ色。


「ら、雷電さん…?」

「んん?」

「な、な、何を」


気が付くと、雷電の胸の中にすっぽりと収められていた。
雷電は片手をの後頭部に添えると、もう一方の手では抱きすくめたその背をポンポンと優しく叩く。
それはまるで、泣いた子供をあやすかのように。


「よーしよし」

「雷電さん、あの、これは一体…」

「泣いてる奴にはこうするんだろ?」

「何情報ですか…」


というか泣いてないです、と言い返そうとして、雷電の胸に埋められた顔をなんとか上に向けた、その時。

飛び込んできたのは、今にも触れてしまいそうな距離にある、その妙に端正に造作された顔。
顔が爆発するんじゃないかと錯覚するほどの勢いで、瞬く間に上気するのが分かった。
心臓はばくばくと早鐘を鳴らし、瞬きもできない。恥ずかしすぎて今にも逃げ出したいのに、かち合う視線を外すことが出来ない。
雷電もまた、視線を逸らすことなくじっとこちらを見つめている。

言葉はなく、互いに熱く見つめ合うその様が、さながら睨めっこのような様相と化してきたその時。
静寂を切り裂いたのは、雷電の笑い声だった。


「くくっ」

「……!」

「お前、息するの忘れてんぞ」


あまりの緊張に呼吸を忘れていた。
ぶはっ!と息を吐き出し、慌てて深呼吸する様子に、雷電はさらに可笑しそうに笑い声を上げる。


「大丈夫かよ?」

「だ、誰のせいだと…!」


けらけらと笑い続ける雷電を見ていたら、先程まで一人でしんみりしていたのが馬鹿らしくなってきた。
雷電の胸板を押し返し、いつの間にか背中に回っていた両腕を振り解く。


「もう平気ですから!」

「おう、大分マシな顔になったぜ」


ピピッ、とモジュールを鳴らしながら言う雷電は、先程の泣く寸前のような顔と見比べでもしているのだろうか。
ばつの悪い表情のとは対照的に、満足気な笑みを浮かべている。
すると今度はその大きな手のひらをの頭に乗せると、わしわしと乱暴に撫でながら挑戦的に口の端を上げた。


「いつでも帰ってきてやるから安心しろ。素直に会いたいですって言えたらな」

「な…!!」

「さて、ゼアの様子でも見てくるかな」


呆然とするをよそに事も無げに立ち去ろうとする雷電。お前もそろそろ戻れよ、等と言いながら、その鮮やかなオレンジ色の背中は扉の向こうへと消えていった。




「心臓に悪い…!」


残されたは、ぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で整えながら、いまだどくどくと激しく鼓動する胸の音に重ねて呟いた。

一体どういうつもりであんなことをするのか。ヒューマギアである彼の考えはまるで読めない。

だが、きっとこちらの思考はほとんど筒抜けなのだろう。
この気持ちも気付かれているのかも知れない、そう思いながらも、まだまだ自分の口から伝えることは叶わなそうだと溜息を吐いた。



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