砂浜には眩い陽射しが照り付け、港からは暖かな海風にのせて汽笛が響く。
その名に違わぬ常夏の楽園、コスタ・デル・ソル。

季節を問わず温暖な気候に恵まれたこの町は、ミッドガル市民の間では定番のリゾート地だ。ジュノンから直通の連絡船が定期出港しているため、利便性にも優れる。
ミッドガルからの一泊二日の旅の目的地として、これ以上に適当な選択肢はないだろう。


都市開発部門統括リーブ・トゥエスティが、そちらの部門だけレクの実績がないので旅行にでも行ってください!と労働組合の担当者に提案(という名の注意)を受けたのが数週間前。

行き先を決める際、皆は「統括は普段旅行なんて行く暇ないでしょう、お好きに決めて下さい」と言ってくれたが、こちらとしては普段から精力的に働いてくれる部下達の慰労を優先したかった。
ここは民主主義で、といくつかの候補地の中から無記名式の投票により選ばれたのが、ここコスタ・デル・ソルだった。


ビーチに隣接するデッキに置かれたリラックスチェアに腰掛け、思い思いに余暇を満喫する部下達の姿を眺める。急遽企画されたこの社員旅行だが、期待以上の効果を得られそうだと安堵する。

リーブ自身は暑さが苦手と言う訳ではないが、海水浴やビーチでのアクティビティを思い切り楽しむような年齢でもない。
万一の事故に備えて、ビーチを見渡せる位置に陣取ってはいるものの、照り付ける陽射しにじりじりと体力は削られていく。


「…暑いな」

「そうですね」


独り言のつもりだったが、思わぬ相槌を受けてびくりと肩が跳ねる。
いつの間にか隣のチェアに腰掛けていたのは、部下のさんだった。


「お隣失礼してます」

「あ、はい、どうぞ」

「……」

「……」


勤務態度はいたって真面目、寡黙で無駄口を叩かず仕事は早い。普段から必要以上の馴れ合いを好まない印象のある彼女が、この旅行に参加しているのは少々意外だった。
沈黙に耐え難くなり、何か話題をと思考を巡らせていると、意外にも彼女のほうから声をかけてくる。


「統括は、泳がないんですか?」

「あんまり久しぶりなので、ちょっと自信がなくて。子供の頃はよく海で泳いでたんですが」


なんとなくカナヅチだとは思われたくなくて、聞かれてもいない昔話を添えて答える。
どこか遠くに目線をやりながら、そうですか、と然程興味無さげに返されて、暗に追い払われているのかと不安になる。


「ええと、さんは?」

「私は、泳げないので。それに」

「それに?」

「あついの、苦手なんです」

「それじゃあ、ここはあまり楽しくないですね…」


ならば何故参加したのだろう、という当然の疑問が浮かぶ。


「じゃあなんで来たんだって思いますよね」


心を読まれたかと思った。


「女の子たちが、それはもう一生懸命に誘ってくれるんです。それで、断るのも気が引けて。本当はホテルの部屋でノンビリできればそれで十分なんですが、一人で籠ってたらきっと気にする人がいると思うので」


社交辞令かも知れないですけど、気を遣ってもらったことには違いないので、と小声で付け加える。
なるほど、相手の善意を無下にできずにここにいる、と言う訳だ。相手に気を遣いすぎるきらいがあるのは彼女のほうらしい。
しかし、私がここにいる理由も概ね同じ様なものだった。


「よくわかります」

「…もしかして、統括もですか?」


肯定の意味を込めてわずかな苦笑で応える。
そうなんですか、と独り言のように呟くとまた黙ってしまうと、ビーチで波を跳ねさせ声をあげる同僚たちのほうへ視線をやる。
しかしどうやら似たもの同士のようだと分かると、不思議と沈黙が苦ではなくなっていた。このまま二人でぼうっと過ごすのも悪くないな、などと思っていたところに、新たな話題が降ってくる。


「私、投票でゴールドソーサーに入れたんです。二票しか入ってませんでしたけど」

「ああ…そう、でしたね」

「もう一人は誰だったんでしょう」

「……私です」

「え?」

「ゴールドソーサー、好きなんですよね」


リーブにとってはなかなかに勇気のいるカミングアウトだったが、彼女ならば大丈夫だろう、となぜかそう思った。
ゴールドソーサー。ミッドガルから遠く離れたコレル砂漠にそびえ立つ、天を突くかという程の巨大高層遊園地だ。
幼い頃に写真や映像で見たきらびやかな世界、愛らしいキャラクターたちは、田舎の豊かな自然しか知らなかったリーブ少年の心に強い憧れを刻みつけた。我ながら田舎くさい感覚だとは思うが、この年になってもなかなかに忘れることが出来ずにいる。もっとも神羅に入ってからは、多忙のあまり一度も行けていないのだが。


「統括、行ったことあるんですか?」

「ええ、まあ。大昔に行ったきりですけどね」

「私、一度も行ったことがなくて」


意外そうに目を瞬かせて聞いてきたかと思えば、すごい、いいな、と控えめに瞳を輝かせる。普段は表情に乏しい印象のある彼女がころころと表情を変える様子はまるで少女のようで、なんとも愛らしく、こちらも表情が緩む。


「じゃあ、今度行きましょうか」

「社員旅行で、ですか?」

「それがなければ、二人でも、」

「えっ?」


そこまで言って、しまった、と思う。
なぜこんな事を言ったのか自分でも理解できないが、単なる上司と部下の関係で女性を旅行に誘うなど、セクハラ以外の何ものでもないということは確かだ。
慌てて彼女の表情を窺うと、ポカンと口を開けて大きな目をぱちくりさせている。いつも冷静に淡々と仕事をしている彼女のこんな表情を目にするのは初めてで、焦りを助長させる。


「その、他に行きたい人がいれば何人でも、構わないんですが……すみません、今のセクハラですかね…」

「い、いえ、私の感覚で言えば、セクハラではない、です」


大丈夫です、と俯いて瞬く間に頬を上気させるを見て申し訳ない気持ちになる。
同時に普段見えているどこか冷めた印象とはうって変わり、耳まで赤くして狼狽える様子を見て、可愛らしい、などと思ってしまう自分が浅ましくもある。
何とも微妙な空気になってしまい、さらに弁解すべきかと逡巡していると、部下の女性社員がひとりビーチでの輪から離れてこちらに歩み寄ってくるのが見えた。


さん、ちゃんと遊んでる?って、統括に捕まってるし」

「ちょっと話し相手になってもらっていました」

「統括は海!って感じしないですもんねー」


どうやらさんをこの旅に誘った張本人らしい彼女は、我が部門のムードメーカー的存在だ。
からからと笑いながら失礼なことを言ってくるが、場の空気を変えてくれた功績をもってそれは不問とする。


さん、どうしますか?」

「えっと…私はもう少し…」

「じゃあ、涼しいところで休みませんか?さん、暑さですこしお疲れの様ですし」

「えっ、さん、大丈夫?そういえばちょっと顔赤いかも」

「へ?あ、はい、大したことないです」

「私も付き添いますから、用のある者がいればホテル内にいると伝えて下さい」


意図を察したらしいは、わずかに困惑を浮かべながらも話を合わせる。
顔が赤いのは先程の私の失言に由来するものだが、結果的に臨場感を演出してくれた。
部下は私たち二人を交互に見やり、まあ統括なら大丈夫か、などと意味深に独りごちると、


「わかりました!さん、無理しないでね」


統括はちゃんと経口補水液買ってあげてくださいよ〜!と言いながら、軽やかに元の輪へと戻って行く。


「私もそろそろ中で休みたかったんですよね。口実にしてすみません」

「いえ、お気遣い、ありがとうございます」

「それじゃあ、ラウンジにでも行きましょうか」


暑いのは苦手、と言っていた彼女も、私同様に周囲に気を遣わせないためにデッキに出ていただけらしい、という推測が的を得ていたようで安心した。
がリラックスチェアから立ち上がるのを見届けると、ひとまず先程の提案通りラウンジに向かい歩を進める。彼女も半歩さがってそれに続く。たしかラウンジには、セルフサービスのドリンクバーやらスイーツコーナーがあったはずだ。


「統括、さっきのお話なんですけど」

「……妙なことを口走って、すみませんでした」


このまま蒸し返されずに済んでくれ、と都合の良く祈っていたが、その祈りは泡と消えた。忘れてくださいと言いながらも、どんな糾弾を受けるかと腹を据える。


「ゴールドソーサー、行ってみたいです」

「え」

「…統括とふたりでも、いいです」


リーブは我が耳を疑った。
あまりのことに立ち止まってしまい、すこし後ろを歩くが背中にぶつかる。
わ、と驚く声を上げながらこちらを見上げた彼女とばちりと目が合うと、上目遣いの視線の主は首から上を真っ赤に染めていた。
聞き間違いではないかと、慌てて確認する。


「本当に?いいんですか?」

「はい。その…いずれですけど」

「いやでも、いきなり二人で旅行なんて変ですよね。私が言ったことですけど」

「それはそう、ですね」


自分の解釈違いでなければ、彼女は私の提案を受け、一緒にゴールドソーサーに行きたいと、そう言っているのだ。意外な展開に心臓が激しく跳ねる。
だが、何事にも正しい順序というものがある。
なるべく冷静を装って言葉を紡ぐ。まずは、そうだ。


「ミッドガルに戻ったら食事に行きませんか。その……できれば、二人で」

「はい、よろこんで」


ぱちり、と大きな瞳を一度瞠目させると、頬を染めたままでふわりと目を細める。
今日初めて見る彼女の笑顔はあまりにも美しくて。
自分だけに向けられたこの微笑みを、他の誰にも渡したくはないと思った。


(ああ、)


これが、恋に落ちるということか。



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