-5-


さん、足元気を付けて下さいね」

「はい、と…リーブさん」


入り口でボーイに荷物を預けると、続いて会場となるホールへと案内される。勿論、リーブ統括のエスコートを受けながら。
ホテルに入ると内部はクラシカルな雰囲気の綺羅びやかな装飾に溢れていた。天井には豪奢なシャンデリアが大小いくつも吊り下げられ、いかにもあの市長の好きそうな造りだなと思い浮かべる。
ずっと手を取ったままで歩く、というのがなんとも面映く、統括の顔を見るのが躊躇われた。


さん。さっきはレノ君達の前だったので言えなかったんですが」

「はい?」

「ドレス姿、すごく似合ってます。」

「あ、ありがとうございます」

「本当に…すごく、綺麗だ」


真っ直ぐな眼差しとともに向けられた言葉は、お世辞として聞き流すにはあまりに真摯に響くので、咄嗟に反応できずに慌てて会話を紡ぐ。


「そ、そういえばこのドレス、リーブさんに合わせて選んだんです」

「私に?」

「はい、リーブさんの瞳の色と合うようにって。私、そういうの詳しくないんですけど、お店の人にお互いを引き立て合うって言われて…」


空いた手を口元にやり、わずかに顔を逸らすと沈黙するリーブ。


「リーブさん?」

「すみません。その…嬉しくて」


そう言ったリーブは僅かに耳を赤くしていて、見ているこちらも釣られて赤面する。よろこんで貰えたようだが、予想外のリアクションを受け反応に窮する。
傍から見たら不自然に沈黙したままで、パーティ会場へと到着すると、中には既に多くの来賓が集まり、歓談に耽っていた。食事は立食式のようで、壁面には見るも豪華な料理がこれでもかと並べられている。は馴染みのない雰囲気に緊張を覚え、リーブに掴まったままの手に力がこもる。
すると、見覚えのあるはげ頭がこちらへ近付いてくるのが見えた。


「これはリーブ統括!ようこそお越し頂きましたな」

「ドミノ市長。本日はお招き頂きありがとうございます。ミッドガル30周年、おめでとうございます。」

「いやいや、ミッドガルの繁栄も神羅あってこそ。当のプレジデントは私の催しになど興味は無いといったご様子でしたがな!もっとも、真に街の運営に力を尽くしているのは誰かと問われれば、リーブ統括がこの場にいるのも至極当然というものだが」


相も変わらず反応に困る発言ばかりを並べる老人に、はあ、と乾いた笑いを返すリーブ。
煮え切らない返事を気に悪くするでもない市長は、一歩下って会話を聞くに気が付く。


「はて、こちらは奥様ですかな?」

「いえ、まだ…」

「そうでしたか、これは失敬。しかし実に羨ましいですなぁ!私もこのように若く美しい女性とご一緒したいものです。まあ、もはや今生では叶わぬ望みですかな!」


一方的に捲し立てると、それほど面白い事を言ったつもりなのか、はっはっは、と高らかに笑い声を上げながら立ち去るドミノ。
ひとまず解放されたリーブが小さく息を吐く。


「市長は見る目がありますね」

「…怪しまれなくて何よりです」

「ふふ、奥様なんて、照れますね」


悪戯っぽい笑みを浮かべて言うその様子はどこか上機嫌に見えて、こちらも口元が緩んだ。


「見知った顔がちらほらといるので、少し挨拶回りをしたいのですが…」

「お供します」


会場内を移動しながら、そこかしこで声をかけられるリーブの半歩後ろをキープしながら、周囲の状況を確認し続ける。浮かれているのは認めるが、本来の任務を忘れてはいない。だが、少なくとも視認できる範囲には、ホテルの従業員と思しきアテンダントと、一様に浮かれ着飾った来賓客以外は存在しない。タークスや警備兵を中に入れたくなかったのは、このただひたすらに華やかなだけの世界を演出するためらしい。

主催者であるドミノを筆頭に、なんて危機感のない連中だろう、と内心悪態を吐いた。




-6-


こちらの緊張をよそに、祝賀会は何事もなく進行した。
壇上のドミノ市長が締めの挨拶と言いつつ冗長な語りを止めない様子を眺めながら、プレジデントは面倒臭かっただけに違いない、と得心する。
ほとんど飲食する暇もなく、立ちどおしで出席者の相手をしていたリーブ統括はすっかり疲弊していた。見慣れたくたびれ具合に、申し訳無いが少し安心する。


「リーブさん、大丈夫ですか?」

さんこそ、そんなに高い靴で立ちっぱなしで疲れたでしょう」

「私は大丈夫ですから、もう行きましょう?少し早いですけど、車を呼びます」


自分がくたくたのくせに、どうしてこう人にばかり気を遣うのだろうか。そんなところが好ましいのだが、と思いながら、自分からリーブの手を取って少し前を歩く。


「私がエスコートされちゃってますね」

「我慢して下さい。へろへろじゃないですか」


苦笑するリーブを少し休ませるため、ロビーに設置されたソファへと誘導する。ロビーに預けていた荷物を受け取り、すぐにルードに車の手配をする。しばらくすると、市長の挨拶を聞き終えたのか、ぞろぞろと華やかな人の群れがロビーへと流れ出てきた。


「市長の話、終わったみたいですね」

「私たちも行きましょうか。ルード君、もう近くまで来てますかね」


人波に乗ろうと立ち上がったリーブがエントランスに向かって歩き出す。

刹那、進行方向から引き裂くような悲鳴が上がった。
は反射的にリーブのもとへと走る。入り口から徐々にこちらへと近付いてくる悲鳴と怒号の連鎖に、緩みかけていた緊張が瞬時に張り巡らされる。


「統括、下がって!!」


ドスのような刃物を持った男が周囲の人々を無差別に切り裂きながら突進してくるのとほぼ同時、は男とリーブとの間に身体を入れると、勢いそのまま遠ざけるようにリーブを肩で突き飛ばす。即座に重心を落とし男の足を払おうとするが、高いヒールとタイトなドレスに動きを制限されていることを思い出す。慌ててごろんと床を転がり避けるが、男が振るった刃物が掠ったらしく、ちり、と尻のあたりに焼けるような痛みが走る。

ドレスに元々入ったスリットをさらに大きく引き裂くと、ヒールを脱ぎ捨て男との距離を取る。刃物男はぶつぶつと何事かを口走りながら、規則性もなくぶんぶんをドスを振り回している。(お前ら金持ちがどうとか、腐ったピザがどうのという単語が辛うじて聞き取れた。恐らく反神羅かスラムの環境改善を訴えたいのだろう)


さん、血が!」


リーブが悲鳴のように叫ぶが、そんなことは気にしていられない。入り口付近には、すでに男に切りつけられた何人かの参加者が呻き声や悲鳴を上げて蹲っている。見たところ重傷者はいないようだが、警備の軍は一体何をしていたのかと舌打ちをする。

太腿に隠し持ったアーミーナイフではかえって間合いで不利だな、と判断したは、手早くナイフを取り出すと次の瞬間男に向かって投擲した。
ナイフは男の利き腕の付け根に命中し、ギャア、という短い悲鳴とともに手放された得物が地面に転がり落ちる。即座に地面を蹴り男との間合いを詰めるとそれを蹴り飛ばす。流れるように身体を捻り、その遠心力を乗せた強烈なエルボーを男の顎に叩き込んだ。

の一撃に激しく脳を揺らされた男が白目を向いて倒れ込むと、また周囲から悲鳴が上がった。

半狂乱する人々の様子に、会場の外で警護に当たっていた軍の兵士たちが続々と集まってくると、渦中の達に気が付くのに時間はかからなかった。もう終わったっつーの、と吐き捨てそうになるのを堪え、先程脱ぎ捨てたヒールを拾いながら、駆け寄ってきた兵士に状況を伝える。


「タークスです。祝賀会の参加者を無差別に襲っていました。身柄の確保、動機及びテロ組織との関連を調べて下さい。報告はツォン主任に」

「りょ、了解しました!」


こちらの素性を知ると慌てて敬礼の姿勢を取る兵士に、完全に気を失った男を引き渡す。すぐに外の様子を窺い迎えの車を捜すが、周囲は多数の軍用車に道を塞がれ、さらには誰かが呼んだらしい救急車両がけたたましくサイレンを鳴らしながら近づいてくるのが見えた。


さん」

「統括、ひとまず部屋へ」


ルードとの合流は困難だと判断すると、呆然と立ち尽くすリーブの手を掴んでフロントに駆け込み、手近にいた女性従業員を捕まえて捲し立てる。


「すぐに部屋に入りたいのでキーをお願いします。市長の手配で神羅関係者用に部屋が取られているはずです。できれば部屋は変更してください。なるべく上層階に。あとポーションを」

「か、かしこまりました」


フロントの女性は、つい先程目の前で起きた惨劇に激しく動揺しながらも、すぐに部屋のキーとポーションを用意した。は迅速な対応に礼を述べながら、それらを女性の手から奪い取るようにして、足早にエレベーターへと向かう。


さん、止血しないと」

「後でするので大丈夫です」


リーブの言葉をにべもなく切り捨て、エレベーターに乗り込むと、薄型のPHSを取り出し仲間の番号を迷いなく押下する


「…こちら。先輩、今どちらですか?」

『ホテルに近付けない。何があった?』

「ロビーで刃物を持った男が暴れました。既に鎮圧して軍に引き渡してあります」

『…了解。今どこにいる?』

「男は外から入ってきたので一旦上層階に身を隠します。襲撃犯の詳細が分かり次第連絡下さい」

『了解』


ブツ、と通話の終了を知らせる音とほぼ同時に、目的のフロアに到着する。開く扉の影から廊下の安全を確認したは、指定された部屋を目指して足を進めた。




-7-


新たに用意された部屋にひとまず身を落ち着け、は安堵の溜息をつく。もちろん、室内の安全は確認済みだ。部屋の隅に備え付けられた冷蔵庫の中を漁りながらリーブに声をかける。


「統括、大丈夫ですか?少し休みましょう。水くらいしかありませんが…」

さん、いい加減にして下さい!」

「ふえっ?」

「そこに横になって。手当しますから、傷を見せて下さい」


思いがけず響いた怒声に、心底驚いたの肩がびくりと跳ね上がる。リーブは半ば強引にをベッドに座らせると、横たわるよう促す。


「と、統括」

「さっきから血がじわじわ広がっていくのを見せられているこっちの身にもなって下さい。」

「本当に、大したことないですから。ポーション貰いましたし」

「黙って」


普段からは想像できない強い言葉での声を無視すると、自身もベッドの上に座り込み、横たわったの脚を動かして傷口を探す。真剣な眼差しで下半身をまさぐるリーブは、どうやら傷の手当を終えるまで何も聞く気はなさそうだった。諦めて為されるがままになる。

傷は脚の付け根よりやや下側、太腿の外側に位置し、出血はそのほとんどがドレスの布地に吸い取られ、サラリとした質感をすっかり変えてしまっていた。タイトだったはずのドレスは、先程手ずから引き裂いた大きなスリットのおかげで治療の邪魔にはならない。
リーブは濡らしたハンカチで傷口の周囲を拭うと、手にとったポーションを優しく塗り込んでいく。


「…よかった、本当に深くないみたいですね。血もほとんど止まっている」

「あの、統括」

「…心配しました。仕事なのは分かってますが、あまり無茶しないで下さい。」

「すみません…」

「ポーション塗りますね。すこし我慢して」

「は、い…ひあんッ」


臀部に触れるひやりとした感覚に身体がぶるりと震え、堪えきれず声を漏らす。リーブの手で触れられている、という事実が、敏感な部位の感覚をことさら掻き立てた。


「す、すみません」

「いえ、ありがとうございます…」


妙な声を上げてしまい赤面したは、同時に、自身の体勢を認識して猛烈な羞恥に襲われる。


「あ、あの、もういいですか」

「え?」

「その、恥ずかしいから…」

「ッ、すみません!」


慌てて身体を離し、身体ごと視線を背けるリーブ。
は身体を横に向け、さらに腰を捻って膝を曲げた、つまりはリーブに向けて尻を突き出すような体勢になっていた。大きくなったスリットからは、その下に隠されていた面積の少ないショーツとガーターストッキングが露わになり、ほとんど下半身を保護するものがない。

意識した途端に緊張を高まらせるリーブ。が負傷したと分かってから、傷の手当てをすることしか頭になかったのが、すっかり冷静な思考を取り戻していた。
視線を逸らしはしたが、先のあられもない姿が網膜にこびりつき、下半身が反応するのを感じて前のめりになる。

激しく乱れた身なりを直しながら慌てて起きあっがったは、腹を抱えるようにするリーブに気付いて傍に駆け寄る。


「統括、大丈夫ですか?」

「ちょっ、さん、見ないで…」

「え?あ」

「ッ…」

「…」


電気のついた部屋で、それを誤魔化すのは困難だった。
少し上半身を倒した程度では隠しきれないほど、リーブのそれはスラックス越しにもはっきりと膨らんでいるのが判る。
気まずそうに、片方の手で口元を覆うリーブ。もどう反応すべきかわからず、ただただ俯いて、頬を上気させる。

プルルル、と無機質な着信音が鳴り響いた。沈黙を引き裂いたそれに、びくりと身体を震わせて固まる二人。
それが自らのPHSから鳴っていると気付いたはベッドから離れ、慌てて通話ボタンを押す。


「はい、こちら

『私だ。統括は無事だな?』


電話の相手はツォンだった。


「はい、問題ありません。現在は会場のホテル内にて待機中。予め手配されていた部屋からは場所を変えて休んでいただいてます」

『よろしい。襲撃犯だが、単独で突発的な犯行と見られている。現在会場周辺の安全を確認中、直に完了する。一時間後に車を回させる、裏口でルードと合流しろ』


一先ずの危機は去ったらしいことに内心で胸を撫でおろす。通話の内容が気になるのか、リーブ統括がこちらを覗き込んでいる。
僅かに潤んだヘーゼルブラウンの瞳と視線がかち合い、先程までの光景がフラッシュバックする。途端、下腹部が疼きだすのを感じて、自分でも予想だにしない言葉を放つ。


「あの、主任、それなんですが」

『どうした?』

「実は今、統括が寝てしまわれていて。お疲れになったみたいで」

『何?』

「できれば、お目覚めになってから迎えをお願いしたいのですが…」

『…了解した。ではロビーのロッカーに車のキーを預けさせる。統括が目覚め次第自力で戻れ』

「了解しました」


上司との通話を終えると、押し留めていた緊張をすべて吐き出すかのように、はぁっ、と大きくため息をついて再びベッドに腰を落とす。
虚偽の報告をしてしまった。相手はあのツォンさんだ、きっとばれている。不思議とその確信があった。

自身の行動に、今にも破裂しそうなほど心臓がばくばくと動悸するのがわかる。
恐る恐る隣に座ったままのリーブを目線だけで見ると、ぽかんと口を開けて瞠目している。


さん、今の…」

「すみません、あの、私勝手に」

「……」

「その……統括は、したいですか?」


上目遣いで言うと、羞恥に顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。絞り出されたその言葉はあまりにも淫靡に響き、ごくりとリーブが喉を鳴らす。


「いいんですか?」


返事はない。
聞きながら、リーブは内心ではもう無理だ、と思っていた。再び熱を集め膨らみはじめた自らに今さら抗う自信はない。
都合良く、無言を肯定として受け取る。
ベッドに腰掛けるの露わになった肩に触れると、そのまま一息で上半身を押し倒す。


「…途中でなんて、止められませんからね」


は一度目を見開くと、恥じらうように視線をずらす。ほとんど消え入るような声で、はい、と絞り出されたいじらしい返事に、リーブは理性の手綱を手放した。



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