自身のオフィスで勤務中(断じてスパイ活動ではない)だったリーブは、オートモードにしていたケット・シーがと観覧車に乗ろうとしていることに気付いた。

(ケット・シーばっかりずるいわ…私かってさんと観覧車乗りたい…)

そんな事を考えながら、即座にマニュアル操作に切り替える。
傍からは仕事に集中して見えるよう、眉間に皺を寄せてモニターに目を凝らす都市開発部門統括。(実際には見ていないが)


ケット・シーの視界を通じて、クラウドとエアリスが観覧車に乗り込む様子を見たリーブは、おや、と思った。
どうやらも同じだったようで、ケット・シーに顔を近付けると、わざとらしく表情を作って囁き声をあげる。


「ティファには秘密にしとこっか…」

(めっちゃかわいい)


その様子が悪戯を必死に隠す子供のようで、リーブは頬が緩むのを堪えた。


「見て!花火!すごい、綺麗だねえ」


ゴンドラに乗り込み窓の外を夢中で見つめるは、心の底から楽しそうだ。
ゴールドソーサーに、プライベートで来るのは初めてらしかった。
美しい夜景に見惚れて瞳をきらきらと輝かせるその姿に、胸が温かくなるのを感じる。しかし同時に、自分には向けられないその笑顔を引き出してみせたケット・シーに、わずかな嫉妬を覚えた。



ケット・シーを通して旅の様子を見つめてきたリーブは、これまで自分が彼女のほんの一部分しか知らなかったことを痛感していた。

調査課の新人です、と主任のツォンが挨拶に連れて来たのが三年程前だろうか。

タークスにしては表情を隠すのが下手な子だな、と思った。
本人は必死にポーカーフェイスに努めているらしかったがあまり成果は出ておらず、ハイデッカー相手に盛大に眉間に皺を寄せているのを見ては笑いを堪えたものだ。

そんな姿を知っている分、自分に対しては穏やかな表情を見せてくれるのが嬉しかった。
タークスらしい平静さを装いつつも、歓びや照れた表情を隠しきれない彼女はいじらしく、はにかむ笑顔を愛おしいと思うようになるのに、時間はかからなかった。


それだけでも十分に魅力的だったというのに。
紆余曲折あってクラウド一行の旅に加わったは、神羅にいた頃とは比べものにならないほど表情豊かだった。感情を抑える必要がなくなった彼女は、こんなにもいい笑顔で笑うのか。リーブは自分が今まで見てきたものは何だったのか、と頭を殴られたような衝撃を受けた。

これも知らなったことだが、は存外かわいいもの好きらしかった。
ケット・シーをいたく気に入り、その喋るぬいぐるみに不思議そうに興味を示しながら、ふわふわのボディを抱きしめては幸せそうに笑顔を見せた。

(ええなあ…)

自分の分身に羨望を向けるのも滑稽な話だ、と思いながら、それでもリーブはケット・シーが羨ましくてたまらなかった。
できることなら変わって欲しい。土台、無理な話とは知っている。



とケット・シーを乗せたゴンドラは頂を少し過ぎたあたりだった。
ひとしきりはしゃぎ終えたらしいが、ふと旅の仲間の恋路を話題する。
彼女とこんな話ができるのも、リーブではなくケット・シーだからだ。そう思うと、少し胸が苦しくなって、妙なことを口走ってしまった。


「他に、一緒に乗りたい人、おったんやないの?ボクなんかと…」

「私、ケット・シーと乗りたかったよ?」

「え?」

「ケット・シーのこと、好きだからね」


が笑う。好きの意味はきっと、自分の求めるそれとは違うだろうが、これは本心に違いないと思えた。ケット・シーの向こうで、リーブは息を飲む。

自分も、もっと早くに言っていたら。
彼女が手の届く距離にいるうち、この想いを伝えていたのなら、この笑顔はリーブ自身に向けられていたのだろうか。


「ボクも…ボクもさんのこと、好きや」

「ほんと?ありがと」


(ぬいぐるみ越しに伝えて、なんの意味があるんや…)

ケット・シー越しでなら言えるのに。リーブは己の不甲斐なさに、深い深い溜息をついた。



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