ベラドンナ・リリーは純潔か


髪を伝う温かみにまだ重い瞼を開ける。部屋にいっぱいの陽射しが降り注いでいる。でも、この温かさは朝日の温かさではないように感じて少し視線を横に動かす。

「やぁ、起きたかい?」
「……っ!」

1番に銀色の髪が目に入って、黄緑の眼は私のことを嬉しそうに見ている。隣にいる彼の顔を見て昨夜の事を一気に思い出す。

「痛む?」
「え?」
「カラダ、ちょっと無理させちゃったかなァってね」
「あっ…」

そう言われてからツキツキした痛みがある事に気付いた。それに身体がだるくて重い。アンダーテイカーは私に「喉乾いただろう?」と水を差し出してくれた。身体を少し起こして、一口水を飲む。その間も、穴が開くほどアンダーテイカーは私を見てきた。

「な、何…?」
「うう〜ん、昨夜は可愛かったなァと」

昨夜は私の中では知らぬ間にあのような展開になってしまった気がしていた。ただ、あの時はひとりになりたくなくて彼を引き止めたのだ。まさかあんな事になるなんて――。
でも、アンダーテイカーに触れられたくなかったわけでもない。拾われてから優しく接してくれた彼に好意を抱いていたのは確かだ。

アンダーテイカーも私の事を欲してくれた、という事で良いんだろうか?

「……やっぱり痛むのかい?」
「……う、うん。ちょっと……」

気恥ずかしくて、彼の顔が見れない。
背けた顔を顎を取られて唇にキスを落とされる。啄む口付けから深い口付けに変わる。甘い痺れがジンと胸の奥が震えた。

「……ん……ッ」

強く唇を塞がれて、上手く呼吸ができない。なすがままにされていた唇を放されて、頬を撫でられる。

「ヒッヒッ、真っ赤な顔して煽ってるのかなァ?」
「ち、ちが……ッ」

本当に昨夜私はこの人と寝たんだろうか。心臓が煩くて、アンダーテイカーに聞こえてしまいそうだ。

「……ところで、この傷はどうしたの?」
「傷?」

アンダーテイカーに背中を撫でられて、後ろを見るとそこには大きな切り傷があった。見覚えのない切り傷に思わず身体が震えた。

「な、なんだろ……コレ」

「綺麗な背中なのに」とアンダーテイカーはその傷をなぞる。これも私の無くした記憶に答えがあるんだろうか。

アンダーテイカーは私に今日は寝ていた方が良いと私に毛布を掛けた。彼は仕事が入っているからと、最後にキスをして部屋を出て行った。
1人残された私は毛布を頭まで被る。

「……う〜……」

1人になって改めて昨夜のことを思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。まさかあんな展開になるなんて思わなかった。アンダーテイカーに触れられたく無かった訳じゃない。彼に対して好意があったのは確かだ。

「あんなことになるなんて……」

未だ痛む私の秘処が現実味を帯びさせる。
なんだか寝てられなくて怠い身体を起こす。今更ながら何も身につけていないことに気づき、慌ててクローゼットを開ける。ニナさんが作ってくれたお気に入りのブラウスとスカートを出す。
鏡を見て自分の姿に息を飲む。首や胸元、太ももに真っ赤な花が散っていた。全身にあるそれを見て身体が熱くなる。露出が少なくて済むブラウスとスカートで良かったと、慌てて着替える。
彼が帰る前に買い出しに行こう。あとは、どんな顔をして会えばいいんだろう。

「……恋人、で良いのかな……」

鏡の中の私が首を傾げる。夕食頃には彼は帰ってくるだろうから、それまでに"顔"を決めておこう。乱れた髪を整えて、靴を履いて、私は外に出た。



ロンドンの街は私の記憶の中にはどうやら無かったらしい。全てが新鮮で新しいものに溢れていた。道を覚えるのに苦労したけれど、最近は慣れたものだ。

「おじさん、コレも!」
「あいよ、いつもありがとうね」

買い物は無事に全て揃い、そろそろ帰路に着こう。
人だかりが出来ているお店を見ればファントム社だ。お菓子を求めて子供達が楽しそうに色とりどりのお菓子に目を輝かせていた。店に並ぶ子供達は自分とあまり年の違いがないあの伯爵がこの会社を経営しているなんて、想像もつかないだろうな。
再び歩き出そうとしたとき、私の隣に馬車が止まった。豪華な造りをしたその馬車は貴族のものだ。

「……?」

馬車から私を見ていたのは貴族の青年だった。私の事を見て柔和な笑顔を向けた彼は馬車から降りてきた。

「こんにちはお嬢さん」

テノールの声を聞いて思い出した。仮面舞踏会で声をかけてきた、レオンと名乗るあの青年だ。翡翠の瞳を見ると、足が固まって動けない。

「知り合った方に似ていましてね……、ローザさんだったかな?」

今の私は貴族の娘ではない。
彼に背を向けて、他人のフリをしてこの場を去らなければ。

「人違いです、……失礼します」

しかし、彼に腕を掴まれる。彼の顔は確かに笑っているけれど、それは不気味な笑みだった。

「いいえ? 貴女ですよね、レディ」
「ち、ちがいます、離して!」

腕を振り払おうとした時、布で口を塞がれた。何かの匂いにグラリと視界が揺れて身体の力が抜けて、足元に買い出した物が音を立てて落ちた。

「奥様がお待ちですよ……」



To be continued…

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