フェルヘート・メイ・ニード


城から抜け出した私達は漆黒の城が煙に包まれて崩れ落ちるのを見送った。後日、ロンドン警察により城に咲く薔薇の下を掘ったところ何百という数の死体や骨が出てきたという。
私はかつて暮らしていたという村に一度戻った。みんなは私を歓迎してくれたというのに、村での私の記憶は戻ってくれなかった。私はこの村に移り住んだ者で両親は幼い頃、既に死んでいた。私は村の人に助けられながら住んでいたという。

「……エレナ」

ひとつの新しい墓の前。私の友達だった女の子。私が早くにミシェルさんの正体に気づいていれば彼女は死なずに済んだかもしれないのに。

「……サラ、泣くのはおよし」
「アンダーテイカー……っ」

アンダーテイカーは真っ白な百合の花束を持って、墓の前に供えた。せめて、静かに眠ってほしいと願う。
墓場から村に戻るために静かな森の道を進む。アンダーテイカーはミシェルさんが亡くなって、私の薄かった魂は元に戻ったと言う。ミシェルさんは黒魔術の贄として血と魂を奪っていた。私は血だけ取られていたけれど、なんとか元に戻れた。

「足大丈夫かい?」
「うん、ありがと…」

全身の打ち身と捻挫は痛むが大した事はない。私は運良く生き残る事ができたのだから。アンダーテイカーに手を取られて、村までの整備されていない少し足場の悪い道を進む。アンダーテイカーの温かい手に引かれているから、不安はない。

「……それで、どうする?」
「…えっ…?」

歩を進めていたアンダーテイカーが足を止めた。背を向けた彼が振り返って私を見つめてくる。

「ここに、残るかい?」

黄緑の瞳が私を見つめる。
村の人はここに戻ってくると思っていた。今は記憶が戻らなくても、村で過ごすうちにもしかしたら思い出すかもと彼らは言った。
それでも、私は――。
アンダーテイカーの背中に腕を回す。

「……アンダーテイカーの、側にいたいの」

記憶が無くなってから私には彼がずっといてくれた。アンダーテイカーが全てだ。今更離れる事は辛すぎる。

「ここはサラがいた場所だよ、いいのかい?」
「……うん」
「小生とサラとは生きる時間が違うけど、それでも良いんだね?」
「……うんっ」

彼の手が私の頭を撫でる。
不思議と涙が出て、彼にクスリと笑われた。

「サラは泣き虫だねェ」
「……んっ」

唇を塞がれて、うっとりと目を閉じる。「サラ」と愛おしげに名前を呼ばれるだけで、胸の奥がジンと震えた。このまま離れないでほしいかったけれど、名残惜しそうにアンダーテイカーは唇を離した。

「行こうか」
「うん!」

再び手を引かれれて私達は森を出た。
私は村の人達に事情を話した。また遊びに来ると約束してアンダーテイカーと共にロンドンに戻った。



平穏が訪れた。
傷も治り、あれから悪夢も見なくなった。葬儀屋のお仕事は私にはなかなか難しく、普段の掃除や料理、生きている方の御客さんの対応など、お手伝いをして過ごしている。
今日は久しぶりに伯爵とセバスチャンが来るという。それなのに、アンダーテイカーは……。

「ちょっ、ダメ…ッ」
「ん〜〜?」

私は今、アンダーテイカーの膝の上に捕まっている。2人が来るからと用意をしたいというのに、一向に離してくれそうにない。
太ももをするりと撫でられて、身体が跳ねる。

「ひゃっ…もう! 離して…!」
「ヒッヒ、ぜ〜んぜん慣れないねェサラは」

その時、店の入り口が音を立てて開いた。そこには驚いた顔の伯爵が棒立ちになっていて、次の瞬間私達を見て顔を赤らめた。

「だから開けない方が良いと言ったんですがね」

アンダーテイカーの腕を振り解いて、少し乱れた服を直す。あぁ、もう恥ずかしくて2人の顔が見れない。

「お、お前!真っ昼間から何してるんだ!?」
「伯爵もタイミングが悪いよ〜。せっかく可愛いサラを堪能してたのにさァ」

アンダーテイカーは全然悪いと思っていないらしい。
とりあえず2人にお茶を出して、今日の用件を伺う。するとセバスチャンの手には黒のリボンがついた一輪の薔薇の花があり、私はそれを受け取る。

「これは…?」
「当家に投函されておりました」

私の手にあった薔薇をアンダーテイカーは取ってしまう。さっきのおちゃらけた表情とは一変して冷たい視線をその薔薇へと向けていた。

「あの男、やっぱり生きていたのかい?」
「あの状況でしたので、生き残るのは難しいと思ったのですがね。ただもう近くに彼の気配はありません」

どこかに身を隠しているようだ。セバスチャンの調べによると、彼もミシェルさん同様にロンドンで殺人を繰り返していたという。レオンという名しか情報が無く、彼の身を追えないそうだ。

「一応、警戒しておいてほしい。それを今日は伝えにきた」

伯爵とセバスチャンはそれだけ言って、忙しそうに次の場所へと向かった。アンダーテイカーの手が肩に置かれる。

「大丈夫、小生がいるしね」
「そうだね……、お茶入れ直すね」

アンダーテイカーは暖炉に薔薇を放り込んだ。薔薇は微かに燃えてすぐに灰へと変わっていく。あの日の古城を私は思い出した。



End
2017.2.26
嘆きのベルカント


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