フリンデルの記憶


アンダーテイカーに助けてもらってから数日。大きな傷はいまだ治らずにいたが、私は少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
無くなってしまったものは仕方ない。アンダーテイカーが言った通り、何かの拍子に思い出すかもしれないのだから。
葬儀屋の仕事は名前の通りで私はあまり見ることはしない。

「サラ、ちょっと出掛けようか」

そう言ってアンダーテイカーに外へと連れ出され、馬車に乗って何処かに向かう。

「何処にいくの?」
「ん〜?サラの記憶探しの手伝いをしてくれるかもしれない貴族のところ」
「貴族?」

私、貴族様と会って良いのかな?
というか、アンダーテイカーは貴族と付き合いがあるんだ。でも、私の記憶探しの手伝いをして下さるなら気になる。
いろいろ考えていると、馬車が止まった。アンダーテイカーに手を取られて馬車から降りるとそこには大きな洋館が建っていた。
アンダーテイカーが洋館のベルを鳴らすと、すぐに玄関が開いた。

「葬儀屋さん?」
「やぁ、執事くん」

中から出てきたのは小説に出てきそうな美しい執事さん。スラッと背が高くて、真っ黒な燕尾服を着た彼はアンダーテイカーを見て驚いた顔をした。

「珍しいですね、貴方からこちらにいらっしゃるとは」
「伯爵の方に事件が舞い込んでないかなぁ〜と思ってさ」

執事さんと目が合う。紅茶色をした目は私を見て、優しく微笑んだ。

「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「拾ったんだよ、ねぇサラ」
「……拾った?」

本当にその通りだから仕方がない。私は小さく会釈して、笑っておいた。執事さんは不思議そうな顔を相変わらずしていたが、私達を中に通してくれた。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

アンダーテイカーの手が私の頭の上に置かれる。

「この子、記憶喪失なんだ」

――
―――。


「記憶喪失だと?」
「そ、名前しか分からないみたいでね」

通されたのは温室で、そこには小さな男の子が座っていた。美しい薔薇に囲まれて、彼はアフタヌーンティーを楽しんでいたようだ。彼はシエル・ファントムハイヴと名乗った。私達もそこに混ぜてもらう。私にお茶とケーキを運んできてくれた執事はセバスチャンと言うらしい。

「痛々しい包帯ですね。お医者様に診て頂いた方がよろしいのでは?」
「い、いえ。大丈夫ですっ」

綺麗な顔が至近距離に迫ってきて、胸が高鳴る。貴族と聞いて緊張していたが、伯爵も私に優しく接してくれた。

「早く記憶が戻る事を僕も願っています、
レディ」
「ありがとうございます…」

伯爵はセバスチャンにひとつ合図すると執事は手紙を主人に渡した。

「実は僕達からお前のところに行こうと思っていたところだ」

彼等の話によると、ロンドンで若い女性が次々に行方不明となっているらしい。死体が一切出ないため手掛かりが全くないという。

「行方不明となっている女性の共通点は10代、20代の若い女性とだけです。貴族の御令嬢から庶民、そして娼婦までターゲットとなっているようです」
「アンダーテイカー、お前のところにも来ていないか?」

アンダーテイカーはケーキを口に運びつつしばらく考え込んだが、結果は首を横に振った。

「小生のところにもそんなに多くの女の子のお客さんは来てないなァ」
「……今日は普通に答えるんだな」

後々分かったけれど、アンダーテイカーは情報屋としても働いているらしい。その情報の対価にいつも"笑い"を求めるのだそうだ。

「今日は小生から来たし、それに今日はサラの為だからねェ」

アンダーテイカーの長い指に髪を弄ばれる。

「この事件がお嬢様と関係しているのか、まだ分かりませんね……」
「そうだねェ。あぁ、そうだ。もうひとつ伯爵にお願いがあるんだよ」
「なんだ?」
「サラに何着か服を仕立てあげたいんだよ、仕立て屋紹介してよ」

そんな話は聞いていないんだけど。
確かに今着ているのはアンダーテイカーに借りたブカブカの洋服ではある。でも、居候の身でわざわざ仕立てもらうなんて――。

「い、いいよ。そんなの!」
「構いません。アンダーテイカー、仕立て代は僕が持つ。セバスチャン、ニナに連絡を」
「かしこまりました」

私以外で着々と話が進んでしまう。
お代まで持たれてしまう始末。アンダーテイカーも伯爵も気にしなくて良いと言う。

「せっかくだしさァ、綺麗な服仕立ててもらおうよ」
「……う、うん」

アンダーテイカーにケーキを取られながら、私は早く記憶を取り戻そうと改めて決心した。



To be continued…

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