一夜のハーレキネイド


私は今、会場の柱の影に隠れていた。

あれからアンダーテイカーと一曲ワルツを踊って、終わってみると貴族のご令嬢達に囲まれてしまった。私のダンスを褒めてくれたのは有り難かったけれど、その後話が弾んでしまい、私の事を話さなければならない状況になっていった。素性がバレてしまうとマズイと思い逃げてきて今に至るのだ。その間に、アンダーテイカーとも逸れてしまい、今は彼を探していた。

「……はぁ、どうしよう」
「どうかされましたか、お嬢さん?」
「きゃ!」

いきなり肩を掴まれて声が出てしまう。振り返るとそこには黒い仮面をした青年が立っていた。物腰の柔らかい笑みを浮かべた彼は私を驚かせた事に頭を下げた。

「失礼しました。可愛らしいお嬢さんが困っていらっしゃったようなので」
「いえ、私こそごめんなさい」
「先ほどのダンス見ていましたよ、思わず見惚れてしまいました」

――あぁ、また捕まってしまった。
ここは早々に立ち去らないとならない。

「ボクはレオン。お嬢さん、お名前は?」
「……えっと、ローザです」

伯爵から偽名で良いと言われ適当に答える。レオンと名乗る青年は私の手を取り、キスを送る。

「ラストネームは教えてはくれませんか……」
「……ごめんなさい」

教えたくとも私は覚えていない。
黒い仮面のしたから覗く彼の翠色の瞳が私をじっと見ている。
どうしてか、その眼が恐ろしく感じて私は彼に取られた手を引っ込めてしまった。

「あぁ、失礼。仮面舞踏会で身分を名乗るなど野暮でしたね」
「いいえ、……あのごめんなさい。人を探しているから」
「そうですか残念だ……、さっきのパートナーの方かな?」

彼は最後に「またお会いしましょう」と柔和に笑って言った。私は会釈をしてその場を離れた。



「あ〜ら、びっくり。アンタまでいるなんて」

サラを探していると、目の前に真っ赤な女、――いや男が立っていた。派手な衣装に仮面を付けているがすぐに分誰なのかかった。自分と同じ黄緑色の瞳と鮫のような歯。

「あれ〜いつぞの執事君じゃないか」

前は冴えないマダム・レッドの執事だったっけ。しかし、死神の彼がいるということは――。

「アンダーテイカー!」

後ろからサラが掛けてくる。小生を見て安堵した顔をして、すぐに真っ赤な派手な男の方へと眼がいく。

「……? この人は?」
「ん〜、ちょっと知りあい」
「"ちょっと"って何よォ!てかその女こそ誰よ、私よりイイドレス着て!!」

迫る赤い死神から怖がるサラを引き離す。

「なァに、まさかアンタの女?」
「さーてね、内緒。キミがいるって事は"そういう"ことかな?」
「あー、アンタはもうリスト持ってないもんねェ」

真っ赤なカバーをしたリストを見せてくる。中を見ると2週間前死んだ女性のものだった。しかし、死んだはずの者なのに未だ任務を遂行した判子が押されていない。

「死体が一切出てこないのよ。魂の存在がアタシ達でも追えないって女がこの付近で最近わんさかいるもんだから大混乱!」

魂が既に無い。
となると他の者に取られたというのが一般的。

けれど――。

「そんなに"害獣"がいるとは思えないしねェ」
「そ。だから調査に来たってワケよ」

サラが首を傾げて小生を見てくる。
そんな不安そうな顔をしないでおくれよ。そんなサラを未だこの死神はじっとりとした眼で見ては、皮肉を言った。

「はっ、アンタも大変ネェ、死神に好かれるなんて!死期が近いんじゃないのォ?」
「……え?」
「セバスちゃんがいるってオンナの勘がしたんだけどォ、もう帰るわ〜」

そうして赤くて五月蝿い死神は姿を消した。



アンダーテイカーを見つけたら、誰かと話していた。少し彼とやり取りをした後、私を鋭い眼で睨んでくる。そうして私に"ある事"を言って去ってしまった。

――死神。

死神って?
何の事を言っていたの?

アンダーテイカーを見上げると、彼はため息を吐いて仮面を外した。彼は軽い足取りで設置されている長椅子へと腰を掛ける。長い前髪をかき上げて黄緑色の眼が私を見た。

「隠してたワケじゃないんだけどねェ」
「……本当に?」

まだ、うまく信じられないけれど、アンダーテイカーはどこか人間離れした雰囲気を感じていた。

「小生はもう引退済みだけどねェ。さっきのは現役の死神。彼も例の行方不明者を追ってるらしい」
「なんか…御伽噺みたいだね」

どうしてか、すんなり頭に入ってきた。アンダーテイカーも驚いた顔をして私を見てくる。
どこか安心していた。ミステリアスで何を考えているか分からない彼の事を知れたから。彼の隣に座ると、彼は私の髪を手に取って弄びだす。

「あの人も黄緑色の瞳をしてたね」
「死神はみ〜んなこの色でねェ。……魂は黄緑色なんだそうだよ」

魂の色と同じ、彼の瞳と視線が合う。ドキリと瞬間、彼の顔が至近距離に迫って唇に温かいものが触って離れた。



その後、仮面舞踏会は終わった。
伯爵達によると確かに裏では人身売買の取引があったらしいが、女性達の行方不明に直接繋がる事は無かった。人身売買の件は伯爵が直接手を下すとの事だ。


To be continued…

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