アイネクライネ、望みはどこに



その城は森深くにあった。
漆黒の外観は闇に溶け込み、静けさが辺りには広がっている。城の外は赤い薔薇が美しく咲き誇って、立ち入る者を拒んでいた。不思議とその薔薇が枯れているところを地元の領民は見たことが無かった。
確か住んでいた領主が数年前に死んだのは記憶にあったが、最近はその妻である女性も見る者はなかった。夫の死に喪に服して城から出てこないのだろうと彼らは勝手に納得していた。

「良い娘はいなかったんですか、奥様?」

レオンは年代物のワインをその彼女に注いだ。
ウェーブのかかった艶のある髪をたなびかせて、彼女は彼からグラスを受け取った。白いきめ細かい肌に金の瞳と、鮮血のように赤い唇を持つ美しい彼女は眉を寄せて不機嫌な顔をしていた。

「いまいちの品揃えだったわ。しかも政府に摘発されたみたいで、もう無くなるそう」
「それは残念ですね。でも、まだ何箇所かオークションやってるんでしょう?」
「……何でも持てる身分とは退屈なものね。そうなると、次に行いたくなるのは禁忌の事」
「ボクも貴女と同じムジナって奴かな」

2人のグラスがカチンと鳴る。
一口飲んだレオンが「そういえば」と口を開く。

「ボクは良い娘を見つけましたよ」
「まぁ、どんな娘?」
「東洋人かなぁ……。 貴族の汚いものに穢れきっていないような無垢なお嬢さんでね」

部屋にメイドが入ってくる。メイドは2人の顔色を見ながら、もう一本ワインを運んできた。空のワインボトルと替えようと彼女が手を伸ばした瞬間、奥方はまだ残っていたワインを彼女の顔に掛けた。

「……前にお気に入りだった娘がいたの」

メイドの顔に真っ赤な液体が滴り落ちる。彼女はその臭いと、主人が持つワインボトルに恐怖する。涙目になりながら、助けを懇願しようと口を開いた瞬間、ワインボトルは振り下ろされた。ガシャンと凄まじい音と共に、ボトルは割れ、メイドは床に倒れた。

「でも、逃げられてしまってね。やっぱり、あの娘の血が1番私を潤してくれたというのに……」

レオンは血を流す死体を一瞬だけ視線を流して、真っ赤な液体を飲み干した。

「うーん、コレ美味しくないですね」
「貴族の娘の血なんて、大した味じゃなかったわね……」



私はまた走っていた。どんなに走って逃げても捕まえられて、その追手の手には刃物があって私に振り下ろしてくる。

「……っ、いや……!!」

一緒にお茶をしていた女の子。優しくて可愛らしいあの女の子はよく話しかけてくれた。
ふとすると蝋燭の明かりだけの暗い部屋で、その子は血の海に倒れて死んでいた。

「……うぅ、やだ、嫌だ!」

誰かが、私の腕を掴んで離さない。
抵抗しても身体が震えて動いてくれない。

「離して、止めて!!」
「サラ」

名前を呼ばれて目を開けると涙が流れていた。息が荒くて苦しい呼吸を、背中をさすってくれている。

「……サラ、大丈夫かい?」
「……アンダーテイカー……?」

私はやっと恐ろしい悪夢を見ていたのだと認識した。アンダーテイカーの腕の中で私は震えて泣いていたのだ。

「……落ち着いたかな?」
「……私、思い出して良いのかな……」

最近、何か思い出しそうになることがある。あの舞踏会に行ってから、よく悪夢を見るようになっていた。魘されて、泣きながら夜中に何度も起きるのを繰り返している。自分の記憶を思い出そうになっても、それはもしかしたら恐ろしい事なのではないか。

「……小生はサラがどんな人間だったとしても、受け入れるよ」
「……っ」

頬に軽いキスを送られて、彼は私のベッドから立ち上がった。「おやすみ」と言われ、彼が背中を向けたとき、また怖さが湧き上がってきた。このままひとりになりたくない。ベッドから抜け出してアンダーテイカーの背中に抱きついた。

「……待って…、ひとりにしないで」
「……男を寝室に留めちゃダメだろう?」

するりとアンダーテイカーに腕を外されてしまった。諭されて確かに私はなんて恥ずかしいことをしたんだろうと首を落とす。一瞬の沈黙の後、振り向いた彼に顎を取られて、口付けされた。

「…っ、んん……!?」

口内に熱い下が歯列を割って侵入してきたことに目を見開く。異物感に思わずアンダーテイカーの身体を押すが敵わず、首の後ろを持たれてさらに舌を絡めてくる。
舞踏会のときキスをされて、なんとなく気まずく過ごしていた。どういう意味で彼にキスをされたのか分からなかったし、彼も何も言わなかったから。

「……ん、っは……」

長い口付けの後、唇を離される。至近距離に彼の整った顔がそこにはあった。状況が理解できないまま、それでも早い鼓動のせいでクラクラと眩暈が起こりそうだ。

「……久しぶりに小生も欲が出てね……」
「え……?」

あの時と同じ様に、髪に指を通される。私へキスを送って彼は私を"とある事"に誘ってきた。

「サラが欲しい」

死神の囁きが私の脳に響いた。


To be continued…

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